「否認語録」
内科の外来では、アルコール依存症はもうめずらしい病気ではありません。アルコール健康医学協会の活動や酒類企業の広告のたまものでしょう。「そんな患者はうちの医院には来ていない」という医者がいたら、それは単に、アルコール依存症を見逃しているか、または疑っても、面倒な患者として、表面に現れた内科的な症状や病気だけを扱っているのだと思います。そしてそれはアルコール依存症の患者さんにとっても、望むところなのです。
本人は「たまたま飲み過ぎただけ。これからは止めよう」と思っているので、「酒を止めなさい」などという医師のお説教を聞くより、ともかく今の症状を薬や点滴で治してもらうのが先決なのです。
飲酒習慣の問診、特に泥酔・深酒やブラックアウトの有無、飲酒後の同様な症状での受診は繰り返していないか、離脱症状の有無、家族は困っていないか、などを聞き出します。特に家族が困っているかどうかは重要です。専門病院の受診と自助グループへの参加が最も確実な治療法です。
内科の外来診療では、まず症状の背後にあるアルコール依存症の問題を指摘します。しかしここから本人の逃避的な言動が現れます。以下が代表的な患者さんの語録です。軽症では語録に続いて「だからアルコール依存症ではない!」 重症では「とにかく面倒をみてくれ!」と続きます。
==軽症==
●「休肝日を週1日とっているので、正常な飲み方です。」
●「ほどほどに飲んでいますから大丈夫です。」
●「自分の適量は分かっています。たまたま昨日、飲み過ぎただけです。」
●「肝臓には異常がないと言われています。」(アルコール依存症は肝臓の病気ではありません。)
●「糖尿の気があるので、焼酎にしています。」
●「医者からもらっている薬はきちんとのんでいます。」
●「別の医者は飲むなとは言いませんでした。」
●「自分はちゃんと仕事をしています。」
●「自分は暴力を振るいません。」(暴力はア症の必要条件ではありません。)
● ワインを飲む人:「ポリフェノールが体にいいっていいますから。」
● 梅焼酎を飲む人:「梅が体にいいって言うので飲んでいます。」
●「便秘を直すためにビールを飲んでいるんです。」
●「昔に比べたら、ちょっとだけにしています。」
●「飲んでいます。だけど減らしています。」
==重症==
●「自分のかせいだお金で酒を飲んでいるんです。家族に文句は言わせません。」
● ある中年女性「ちゃんと子供を育てました。」「化粧だってしています。」「暴力は振るいません。」
●「私は飲まないって決めたら、いつまでも飲まないでいられるんです。その代わり、飲む時にはとことんやります。」(このような飲み方は山型飲酒サイクルと言って、ア症にむしろ特徴的な飲み方。)
● ある生保受給者「350mlの缶ビールを3本くらいに(減ら)しています。昔は日本酒だったから悪かったのでしょう。」
(酒代が3本×30日×220円=2万円/月かかって、その半分は酒税で国庫に入り、残り半分が企業に入ることになります。1人のアル中が、家族と財産すべてを失って、生保を受給して、そのうち毎月1万円を酒類企業が固定収入として彼から受け取るのです。国は生活保護費として約10万円を彼に支給し、1万円を酒税として回収することになります。)
●「私の酒はもともと楽しい酒なんです。ただ妻の態度が悪いから楽しく飲めず、やけ酒になってしまうんです。」
● あるアル中男性の母親:「男が外で働いてきて、晩酌をするのは当然でしょう。嫁が悪いんです。しかも夫の悪口を医者に言うなんて。」(嫁は結局、暴力に耐えかねて家出して行方不明。)
●「私は酒の量をコントロ−ルできないんですが、妻も私をコントロールできません。」(何をいわんとしているのでしょうかね。)
●「もう酒はやめます。今朝からやめたんです。これからもう酒は飲まないんですから、酒の問題も起こらないと思います。だから酒のことで受診するなんてことは必要ないでしょう。」(この三段論法はすごい!)
●「あの時、飲みに行ったのは義理があったからです。」
●「これが最後っていう気持ちで飲んだんです。」
●「酒を飲まないで数ヶ月過ごしたんです。苦しくて飲んだんです。飲んでも苦しいことは分かっているんですが。」
●「職場の人間関係で困っているんです。飲んでは危険だと分かってはいるんですが。」
●「飲んで、別れた家族の家に上がり込んだようなんですが、あとはよく覚えていないんです。」
●「どこの病院へ行っても精神科の○○病院へ行くように言われるんです。」
●「病院では酒を切ってからでないと、受け付けないと言うんです。」
●「必ず少しづつ返すから、お金を貸して欲しい。」
●「○○のおかげでこうなってしまった。」
●「こういう時こそ人を救うのがお前の職業ではないのか。」
●「今度こそ命をかけて言います。飲みません。だから頼みを聞いて下さい。」
●「この世で頼れる人はあんただけと思うから・・・」
●「ここまで面倒を見て来て、突然、もう面倒は見ないというのは残酷だ。崖からでも落ちろというのか。」
●「ここは何としても援助してもらわないと。ようやく生きるメドが付きそうなんだ。」
宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ