「否認と内科診療」 


 (以下は6月16〜17日に山口市で開かれた第22回日本アルコール関連問題学会へ送った抄録です。)

内科外来で症状の一つとしての「否認」をどう扱うか?

 はじめに

 当内科診療所におけるアルコール関連疾患、アルコール依存症(ア症)の発見頻度は、約8年間の観察で、40才代の男性を中心として、初診患者の約3分の1に関連疾患が見られ、ア症は軽症から重症まで、その内の約5分の1に見いだされた。最近の傾向は、男性ア症患者の若年化、女性軽症ア症患者の増加である。また近年のア症者は、外見的には粗暴・貧困の様相は影をひそめ、ネクタイアル中と言われるように、身ぎれいで、ア症とは見えないものである。当診療所では重症患者の専門病院への受診紹介を積極的に行っており、専門病院での自助グループへの参加、退院後の継続参加、回復へと向かうケースは少なくない。問題は重症患者の診断で、ここでは小生の経験から、内科診療においてなぜ重症ア症が見逃されやすく、放置されるのかという問題について述べる。

 一般診療とア症の診療の特徴的な違い

 急性上気道炎や胃炎・胃潰瘍などの一般的診療では、医師の問診に対して、患者がウソや症状を過小に答えることは少ない。的確な検査、診断、投薬、療養の指導は、患者から望まれて当然である。
 それに対して、ア症者はまず受診そのものを嫌い、問診に対して、例えば飲酒量は少なめに答え、ア症と正しく診断されるのを嫌い、他の付随的病名を付けられることを受け入れ、症状を抑えるためだけの投薬を望み、断酒の指示や継続的な受診といった療養の指導には従わないことが多い。内科の医師は、ウソを言い、約束どうりに受診しない患者を見ると、一般患者で培った常識から、そのような患者を、「相手をするに値しない患者」と除外してしまう。しかしア症患者の上記のような特徴こそ、「否認」というア症特有の症状である。
 米国のア症の定義(1990)では、否認をアルコール離脱症状以上に重要な要素としている。否認の内容は、飲酒量の少なめ申告の他に、「焼酎にしています。薄めて飲みます。休肝日をもうけています。いつでも止められます。ポリフェノールが健康にいいと聞きましたから。迷惑はかけていません。家では飲みません。飲酒は仕事に必要です。健診で問題ないと言われています。他の病院では酒を止めろとは言われていません。2,3合なら健康にいいと言われています」などと多彩である。否認とは、飲酒習慣についての自己弁護的、曲解的な言動を含むのである。
 飲酒習慣のさらにつっこんだ問診、KASTの利用、家族への面接、診断的禁酒の指示などを通じて、否認的言動の有無を知ることが必要である。それは、急性上気道炎での発熱や痰の程度、腹痛患者での筋性防御の有無と同じく、診断に必要な主要症状なのである。

 療養の指導と治療はどうあるべきか

 ア症における療養の指導は断酒である。しかし依存性が高いほど、断酒の必要性は高いが、断酒は難しい。この矛盾のために、内科における重症ア症の療養の指導は効果が期待できない。また重症患者ほど、家族関係や職場での問題が大きく、内科的治療による一時的な身体症状の改善は、本質的な治療の先送りにすぎなくなる。小生は、「骨折なら整形外科を受診するのと同様に、飲酒に問題があればアルコール科をまず受診するように」と言うことにしている。

 否認の正当化に手を貸している適正飲酒十ヶ条

 内科診療でよく耳にするア症患者の否認的言動には、アルコール健康医学協会が推奨している適正飲酒十ケ条がよりどころになっていることが多い。一般市民ばかりでなく、医師までもが、重症ア症患者に、「飲酒に問題があるかどうか、肝臓の検査をします」とか、「休肝日をもうけるように」などといった誤った対応をしていることが多い。ア症の増加・放置・重症化に、アルコール健康医学協会や、協会を後援してきた厚生省の責任は大きいと考える。

  

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