「適正飲酒」ってなに?
私は内科外来でアルコール関連疾患やアルコール依存症に関心をもって診療を続けるうち、次のような疑問を持たざるをえなくなりました。
●なぜアルコール依存症の患者さんたちは、正しい診断がつけられることなく、末期の重症になるまで放置されるのか?
●なぜ精神科では閉鎖病棟に隔離されるだけで、退院と再飲酒によって、回転ドアのように入退院を繰り返すのか?
●なぜ死んだ後には「彼は酒が好きだった」とは言っても、遺族はアルコール依存症という病名は出したがらないのか?
私はアルコール依存症の患者さんと話していて、彼らが次のように答えることが多いのに気づきました。「休肝日を守って、週1日は酒を飲まないようにしているから安心」「飲む量は2,3合にしている(こともある)」「カロリーの少ない焼酎にしている」「肝臓には異常がないと医者から言われているから飲んでいる」「睡眠薬より酒を飲む方が安全と医者からいわれている」などなど。
私は彼らの言うこれらの理屈が、実は「アルコール健康医学協会」(精神科医・斉藤茂太氏が会長)という団体が流している「適正飲酒」なる概念に他ならぬことを知りました。そして内科の医師をはじめとして、医療関係者、マスコミが無批判にこの宣伝を鵜呑みにしている現実を知りました。またこの団体が驚くことに、厚生労働省(旧厚生省)と財務省(旧大蔵省)《国税庁》の後援のもと、費用を酒メーカーからまかなってもらっているのです。アルコール健康医学協会は国の機関ではなく、国の機関と連名で、ポスターなどを保健所や精神保健センター、精神病院などへ配布しているのです。適正飲酒十ヶ条とは事実上の飲酒礼賛の概念で、諸外国のアルコール医療の専門家が読んだら、吹き出して笑ってしまうような内容なのです。適正飲酒十ヶ条のポスターを厚生省と連名で配布するなら、十ヶ条のそれぞれに厚生(労働)省も責任を持つべきだと考えます。
私は多くの人々が仕事の後に、家庭でなごやかに晩酌を楽しんでいることを知っています。しかし一家のあるじの飲酒のために、他人には言えない苦しさの中に生活せざるをえない多くの家族がいることも知っています。そして家族も、そして酒を飲んでいる本人すら、アルコール依存症という病気の存在や病気そのものの特徴も分からずに、上記のようなまやかしの、酒メーカーに媚びた宣伝に毒されてしまっているのです。適正というなら、まず酒とは解放感や気持ちをリラックスさせるために飲む、一種の向精神薬としての性質がある飲み物で、一部の人々に依存性を生じることがあり、どのような「酒の飲み方の異常」があったら要注意なのか、その警告を知らせた上で、十ヶ条のようなどうでもいい追加条項を並べて欲しいと思います。精神科医が会長でありながら、酒の危険な特質をわざとそらすようなことをして、酒関連企業に協力するのは犯罪的ではないでしょうか。
私はこのような団体が政府の高級官僚の天下りに利用されていて、狡知な宣伝を流し続けている状況が正されない限り、日本におけるアルコール医療の向上は望めないと思っています。
宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ