「アルコール依存症はどう進行するのか?」

 

 「分かっちゃいるけど止められない」という歌の文句がありますが、これは依存の性質をうまく表していると思います。依存に症という語が付くと、何らかの障害・症状を伴った状態、つまり病気を意味します。依存をもたらす物質は多くあります。その代表は阿片やヘロインで、短期に重大な障害をもたらすので、殆どの国で、法律によって禁じられています。軽い依存をもたらすものは、お茶などに含まれているカフェインです。どこの国もこれを禁じてはいません。アルコールはこれらの中間にあるもので、回教国では禁じ、他の多くの国では税金をかけて管理し、国家の収入にしています。
 アルコールは習慣的に飲んでいると、徐々に強くなります。これを「耐性の増強」といい、薬物依存の第一歩です。多くの愛飲家といわれる人々は一生、この段階で留まり、酒の値段も安くなっているので、経済的にも困ることは起きないのです。しかし一部の人々は次の段階、つまり「泥酔」を起こすようになります。これは耐性の増強がさらに進んだことを意味します。飲んだ後の記憶が無い「ブラックアウト」が起こることもあります。泥酔かブラックアウトが始まれば、これはア症を家に例えれば、玄関に入ったような段階です。

=ア症の重症化とは?=

 さて少々では酔えない、満足できないとなると、飲む量がいつも多くなり、泥酔の回数が増えていきます。時には何か失態を演じたり、翌日の仕事に支障がでると、「もう酒は止めなくては」という気持ちが生まれます。しかしそれも普通は数日で、また飲み始めます。その飲み方も泥酔になりがちです。本人は「酒はいつでも止められる」などと弁解します。こうなると、ア症は玄関から居間に進んだ状態で、立派な薬物依存が成立しているのです。
 日本には「酒を飲んでバカになれない人間なんか面白くない」などという風潮があって、なかなかこの段階でア症を問題にしようとはしません。しかしこの状態が続くと、まず仕事への支障が繰り返されます。土曜・日曜に飲み過ぎて、月曜に出勤が出来ないというような事が増えてきます。また飲んだ本人の世話を焼かなくてはならない妻や子供は普通の家庭が持つ団欒を失っていきます。そして数日の深酒のあと、寝汗、指の震え、頻脈などの離脱症状が出ます。こうなるとア症は居間から奥の間へ移動です。

=内科外来とア症、そして「否認」とは?=

 飲み過ぎによる障害でア症よりはるかに数が多いのはアルコール関連疾患と呼ばれる内科的疾患です。その代表はアルコール性肝障害です。他に糖尿病や高脂質血症、痛風などが悪化します。飲みすぎで急性胃炎や慢性的に下痢を起こす人もいます。問題はこれらの疾患に合併しているア症です。近年のア症は、外見的には粗暴・貧困の様相は影をひそめ、「ネクタイアル中」と言われるように、身ぎれいで、ア症とは見えません。
 急性上気道炎や胃炎・胃潰瘍などの一般的診療では、医師の問診に対して、患者さんがウソや症状を過小に答えることはまずありません。検査、診断、投薬、療養の指導は、患者さんから望まれて当然です。それに対して、ア症の人は、まず受診そのものを嫌い、問診に対して、例えば飲酒量は少なめに答え、ア症と正しく診断されるのを嫌い、他の付随的病名を付けられることを受け入れ、症状を抑えるためだけの投薬を望み、断酒の指示や継続的な受診といった療養の指導には従わないことが多いものです。
 内科の医師は、ウソを言い、約束どうりに受診しない患者を、一般患者で培った常識から、「相手をするに値しない患者」と拒絶しがちです。しかしア症の患者さんの上記のような特徴こそ「否認」というア症特有の症状で、先に述べた職場あるいは家庭における問題、離脱症状、そして否認という三つのサインは、そのどれかが現われれば、ア症は重症と判断されます。事実、米国のア症の定義(米国嗜癖医学協会、全米アルコール・薬物依存評議会、1990年)では、否認をアルコール離脱症状以上に重要な診断要素としています。
 内科外来の診療で経験することの多い否認的言動は軽いものでは他に、「他の酒はカロリーが多いので、焼酎にしています。薄めて飲みます。休肝日をもうけています。いつでも止められます。迷惑はかけていません。家では飲みません。飲酒は仕事に必要です。健診で問題ないと言われています。他の病院では酒を止めろとは言われていません。2,3合なら健康にいいと言われています」などと多彩です。このような言動に接した場合、更につっこんだ問診、離脱症状の有無の確認、家族への面接が必要です。「自分の飲酒には問題はない」などとという強固な否認は、急性上気道炎での発熱や痰の程度、腹痛患者での筋性防御の有無と同じく、重症ア症の主要症状です。

=専門的治療と回復=

 最近の傾向は、男性ア症の重症患者の若年化、女性ア症の軽症患者の増加です。若年者のア症は中高年男性のア症より、回復は困難です。
 さて、ア症における療養の指導は節酒でなく断酒です。しかし依存性が高いほど、断酒の必要性は高いが、断酒は難しいのです。この矛盾のために、内科における重症ア症患者に対する療養の指導には限界があります。また重症患者ほど、職場や家庭での問題が大きく、内科的治療による一時的な身体症状の改善は、本質的な治療の先送りになってしまいます。「骨折なら整形外科を受診するのと同様に、飲酒に問題があればアルコール専門科をまず受診する」というのが原則です。そしてア症の専門病院の条件とは、病院が断酒会やA・Aなどの自助グループと連携していることだと思います。継続的断酒者(≒回復者)は自助グループへの継続的参加者であることが多いことは世界中で実証ずみなのです。
 専門科への受診を拒否し、自助グループへの参加も拒否したら、どうなるでしょうか。内科や外科を転々として入退院を繰り返します。残念ながらこれが日本の現実でしょう。そしてその先は?奥の間から仏壇の中へ、オシャカ(様)になって納まることになるのです。

(平成13年8月「仙台市医師会健康だより」より)    

  

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