内科外来のアルコール関連疾患とアルコール依存症
私は自分の医院の統計的研究の結果を以下のように発表してきました。
== インデックス ==
アルコール医療研究:6(4)、303〜310,1989.
→50歳代男性の初診患者の約3分の1に問題飲酒が認められ、初診時の症状は腹痛、だるさ、頭痛など、ありふれた症状が多い。 |
→問題飲酒患者の外来医療費に占める割合は少なく見て、当医院の総医療費の11.7%であった。アルコール関連医療費の「病院」分の推計は、1兆9400億円と報告されている。これに今回の11.7%から推計した「無床診療所」分5580億円を加え、他に「有床診療所」分の医療費が加わる。それで、おそらく飲み過ぎによる医療費は酒税の2兆円をはるかに超える金額になっていると推定される。 |
→診療所を受診した62名の女性問題飲酒者の臨床像を分析し、女性アルコール依存症の早期発見の方法を考察した。その結果、CAGEの4つの質問項目、すなわち、酒量を減らす必要の自覚、飲酒についての他人からの批判、飲酒についての罪悪感、朝酒のうち、最後の朝酒を「寝酒をするか」という質問に変えることで、女性の問題飲酒者のほとんどがスクリーニングでき、はいと答える項目が多いほど、アルコール依存症である可能性が高いことが分かった。 |
仙台市の一内科無床診療所の外来患者の
アルコール症に関する統計的研究
加藤 純二* 小野寺裕子* 大山ひとみ*
高橋ミサオ* 青山 文子* 石川 達**
アルコール医療研究
第6巻4号 1989年12月 別冊
星和書店
は じ め に
仙台市郊外の一住宅商業地域に開院した内科診療所において,患者の自,他覚症状と飲酒習慣から,アルコール症の疑いのある患者に,KAST,血液検査,胸部エコー検査等を行い,アルコール症の発見,重症度分類,断酒指導に努めた。開院より2年半の集計を行い,統計的分析を行った。
T.方 法
1.地域環境と診療状況
医院は仙台市東部郊外,仙台駅より直線距離で2.5km,卸商団地に接する住宅商業地域にある。医師は1名で開院時,地域住民との面識は皆無で,内科医院として消化器科,循環器科,理学診療科を標榜して昭和62年1月に開院し現在にいたっている。徒歩約10分で東北逓信病院,約20分で仙台国立病院があり,半径1km以内に,医院はほかに内科6、内科小児科1,小児科1,外科1,外科・整形外科1,耳鼻咽喉科1,皮膚・泌尿器科1がある。飲食店街はない。
2.問診と検査
高校生以上であれば原則として初診時に喫煙,飲酒習慣について問診した。自覚症状については,こちらから質問することなく訴えたことのみ記録するよう努めた。飲酒習慣と自覚,他覚症状からアルコール症が疑われれば,久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(以下 KAST と略)9),腹部エコー検査,血液検査(GOT,GPT,γGTP,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,血糖等)を行った。必要に応じて一般患者と同様,糖負荷試験,心電図検査,うつ症簡易テスト(SRQ−D東邦大方式)15),上部消化管造影および内視鏡検査等を行った。
3.アルコール症の重症度分類
本報告におけるアルコール症とは広義に,アルコールによる臓器障害,大量飲酒,問題飲酒,依存症を含む。アルコール症を疑った場合,カルテにマークをつけ,来院を一時中断しても再診時忘れないようにし,できるだけ早く,問題飲酒,重篤問題飲酒,依存症の三段階に重症度分類を行った。問題飲酒とは,アルコールによる臓器障害が明らかな患者か,KAST:0以上か,γGTP:50IU/L以上か,大量飲酒の患者とした。大量飲酒とはエチルアルコールを,男性では114ml(日本酒にして4合,ビールで大瓶4本),女性では86mJ(同じく3合,3本)以上ほぼ毎日飲んでいる場合とした8,14)。重篤問題飲酒とは、KAST:2以上か、γGTP:100以上。アルコール依存症とは,KAST:8以上か,γGTP:300以上の患者か13),連続飲酒発作で来院した者か,アルコール依存症として過去入院歴があり,初診時断酒できないでいた者とした。節酒・断酒者とは,かつて重篤問題飲酒か依存症であったことを述べ,初診時すでに自己コントロールを持続中の者とした。重症度分類できなかった急性中毒患者,節酒・断酒者はアルコール症に含めなかった。
4.個人票と断酒指導
個人票(表1)に検査結果や家庭,職場環境等随時記入した。指導はいわゆる久里浜方式を念頭に,患者の自覚に基づいた,自発的断酒か,飲酒行動の修正を促すようにした。問題飲酒患者については,症状,疾患の原因や進行が飲酒と因果関係にあることを話し,節酒,あるいは節酒できなければ思い切って断酒することが治療の前提であることを話し,要点を書いて検査結果とともに渡した。重篤問題飲酒,依存症の患者については,検査結果を話す時は,できるだけ配偶者等に来院してもらい,患者と一緒に断酒の必要性やその方法を指導した。資料や本1)を提供し,必要に応じ,アルコール依存症専門病院への入院紹介や断酒会への同伴参加もした。アルコール症と診断したら原則として約1ヵ月断酒し再度問診,検査し,客観的に改善が確認できた者,その後飲酒習慣・行動の修正が確認できた者を効果ありとし,断酒がその後も継続中の者を著効とした。
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5.集 計
開院より2年半のすべての外来患者(保険外診療を含め,健康診断は含まない)のカルテについて初診時年齢,性別,病名をチェックした。心疾患は,狭心症,冠不全,心不全,不整脈を含む。神経症は,神経症性抑うつを含む。
U.結 果
外来初診総患者数は4271人で,図1はその男女別年齢分布とそれに占めるアルコール症患者を示す。病名上,初診患者の81%は呼吸器,消化器系等の急性疾患であった。アルコール症が見出された患者は,病名上は所謂アルコールによる臓器障害である慢性疾患が多いが,問題飲酒患者の通院回数は2,3回が多く,3ヵ月以上通院者は,男女併せて,13%,重篤問題飲酒者で21%,依存症者で45%であった。アルコール症は実数では,男性の30,40,50歳代にほば同程度に多い。図2は,各年代の外来患者に対するアルコール症患者の比率を示す。男性では,50歳代に大きなピーク(30.6%)があり,女性では,30歳代と50歳代に2つの小さなピークがみられた。図3はアルコール症患者の重症度別性別年齢分布を示す。総数は213名,男性185名,女性28名であった。男性依存症では,40,50歳代が主であるが,垂篤問題飲酒,問題飲酒と軽症ほど30歳代が多くなる。女性では例数が少なく,30歳代が多く,問題飲酒では20歳代が多い傾向がある。患者数を男性と比較すると女性依存症,垂篤問題飲酒,問題飲酒は男性のそれぞれ11,15,17%であった。
図3 アルコール症患者の重症度別年齢分布
健康保険種類 | 総患者数 | アルコール症 患者数 |
問題飲酒 | 重篤問題飲酒 | 依存症 | ||||||
男性 | 女性 | 男性 | 女性 | 男性 | 女性 | 男性 | 女性 | 男性 | 女性 | ||
社会保険 | 本人 | 1,059 | 451 | 111 (10.5) |
9 (2.0) |
48 (4.5) |
4 | 45 (4.2) |
5 | 18 (1.7) |
0 |
被扶養者 | 59 | 729 | 2(3.4) | 12(1.6) | 1 | 4 | 0 | 5 | 1 | 3 | |
国民健康保険 | 358 | 489 | 69 (19.3) |
7 (1.4) |
26 (7.3) |
5 | 20 (5.6) |
0 | 23 (6.4) |
2 | |
医療保護 | 3 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | |
保険外 | 12 | 8 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
表2は,18歳以上の外来患者に占めるアルコール症患者の割合を保険種類別でまとめたものである。アルコール症は18歳以上患者総数の男性で12.5%,女性で1.7%に見られた。男性では社会保険本人の10.5%,国民健康保険の19.3%を占めた。女性では,社会保険本人の2.0%,被扶養者の1.6%,国民健康保険の1.4%を占めた。依存症の比率は,男性の国民健康保険(69名中23名)では社会保険本人(111名中18名)に比べ約2倍多い。医療保護は5名で,うち男性2名が依存症であった。
問題飲酒 | 重篤問題飲酒 | 依存性 | |
男性 | 総数76名 腹 痛(22) 倦怠感(21) 頭 痛(18) 下 痢(13) めまい(10) |
総数65名 腹 痛(23) 倦 怠 感(22) 頭 痛(17) 体重減少(11) 嘔 気(11) |
総数44名 倦怠感(36) 腹 痛(18) 頭 痛(14) 不 眠(14) 知覚異常(9) |
女性 | 総数13名 腹 痛(46) 嘔 気(38) めまい(31) 倦怠感(23) 下 痢(23) |
総数10名 倦怠感(50) 嘔 気(40) 皮 疹(40) 頭 痛(40) 不 眠(30) |
総数 5名 腹 痛(80) 嘔 気(60) 浮 腫(60) 耳なり(40) かゆみ(40) |
表3はアルコール症患者の重症度別初診時主訴をまとめたものである。「飲み過ぎたので」と初めから言ったのは女性1名のみであった。男性でほ倦怠感,腹痛,頭痛が3主症状であった。問題飲酒における頭痛は,偏頭痛が多いのに対して,依存症においては後頭部がモーッとしたり,こるような痛みを訴えることが多かった。女性患者では,男性より嘔気を訴える頻度が高く,女性依存症では5名中3名が浮腫を示した。KASTで酔うと怒りっぽくなると答えた者は重篤問題飲酒患者で1名,依存症患者で18名(41%)いた。依存症患者では間接的に知りえた暴力的患者がほかに3名,警察官を呼んだ直接的な暴力的な者が1名であった。
疾患名 | 男 性 | 女 性 | ||||
非アルコール症 A |
アルコール症 B |
B/A+B (%) |
非アルコール症 A |
アルコール症 B |
B/A+B (%) | |
患者数 | 1,306 | 185 | 12.4 | 1,651 | 28 | 1.7 |
高血圧症 | 52(4.0) | 29(15.7) | 36 | 117(7.1) | 2(7.1) | 1.7 |
心疾患 | 46(3.5) | 26(14.1) | 36 | 71(4.3) | 2(7.1) | 2.7 |
肝障害 | 14(1.1) | 72(38.9) | 84 | 16(1.0) | 8(28.6) | 33 |
高脂質血症 | 14(1.1) | 48(25.9) | 77 | 37(2.2) | 6(21.4) | 14 |
糖尿病および 耐糖能低下症 |
18(1.4) | 41(22.2) | 69 | 43(2.6) | 5(17.9) | 10 |
痛風および 高尿酸血症 |
10(0.8) | 15(8.1) | 60 | 3(0.2) | 0(0) | 0 |
神経症 | 10(0.8) | 13(7.0) | 57 | 25(1.5) | 4(14.3) | 14 |
表4は数疾患について,一般(非アルコール症)患者とアルコール症患者の頻度を比較したものである。男性では,高血圧はアルコール症患者の初診時34%に見られ,高血圧症として治療した者はその約半数(16%)で,全高血圧症治療例の36%を占めた。心疾患もアルコール症は総数の36%を占めた。採血検査(アルコール症の男性118例,女性16例)で確認された肝障害,高脂質血症(多くは Type W),糖尿病・耐糖能低下症,痛風・高尿酸血症は,男性全アルコール症患者のそれぞれ39,26,22および8%に見られ,一般患者に確認されたこれら疾患出現率のそれぞれ35,24,16,10倍であった。アミラーゼ上昇を伴った膵炎は死亡例を含め依存症に3名みられた。女性ではこれら集計した疾患すべてで,非アルコール症患者が主であった。アルコール性肝障害は女性肝障害の1/3を占めたが,男性での84%に比して低い。神経症は,一般女性患者では男性のほぼ倍の頻度で見られ,アルコール症では,男女とも一般患者の約10倍の頻度で見られ,男性神経症の半数以上をアルコール症患者が占めている。依存症採血例,男性31でみると肝障害は26名(84%)に見られ,γGTP平均値は219U/L(SD:294, range:10-1363)であった。女性依存症では採血5例で3名肝障害,γGTP 平均値210(SD:177, range:7-496)であった。そのほかに見られた重篤な合併症や社会的障害は,死亡(急性膵臓壊死,39歳)1,脳梗塞1,肝硬変に伴う重症鼻出血1,肺炎1,離脱後痙攣発作1,交通事故1,仕事中事故1,頻回欠勤2,無就労(幻覚症あり)1,高校中退(受診前)1で,これらはすべて依存駐にみられた。アルコール症中,父子例6組,兄弟例3組,夫婦例1組が見られた。女性アルコール症患者に水商売は6名(20,30,40歳代それぞれ3,2,1名)であった。
図4に断酒指導の結果を示した。問題飲酒患者には通院回数が少なく,指導効果の不明なものが多かったため,重篤問題飲酒と依存症についてまとめた。男性では,断酒を持続中15名(期間2.5年〜3ヵ月)を含め109名中44名,約40%に指導効果が見られた。一方女性では不明,無効が80%であった。シアナマイド使用は3例,精神科紹介入院は男性4名,女性1名であった。節酒・断酒者は8名,うち5名が脳梗塞既往,2名が糖尿病,肝障害等を持ち,1名が断酒会員であった。
V.考 察
1.さ っ か け
酒のみにはできたら関わりたくない,それが以前の正直な気持ちであった。しかし開院後すぐに過度の飲酒が原因と考えられる患者が多いことに気づき,偶然KASTについて読み,外来の問診にとりいれ,勉強しながら断酒の指導を始めた。予想に反して素直に指導に応じる患者が多く,家族に感謝されることが少なくなかった。丸2年半たち2,3例,飲酒の問題で家族から相談を受け,地域で断酒指導が少し知られてきていることを感じ,ここで区切りをつけデータを集計しようと思った。重症のアルコール依存症を主として診療している専門病院での成績と別な観点から,酒害の今日的実態を知る上で少しでも参考になればと考え集計,分析を行った。
2.問診と患者心理
問診で「(今は)飲んでいません」「止めています」という答えは,くわしく聞くとアルコール症のことが多かった。他覚症状,家族の訴え等から明らかに重篤問題飲酒や依存症と考えられても参考にとどめ,重症度分類は先に記した方法によった。それはアルコール症や依存症がどこからを疾病と考えるかについて難しさがあり,主観が入ることを恐れたからである16)。ただ本報告ではアルコール起因性臓器障害と診断した者は問題飲酒に含めた。KASTは患者の申告であり,特に女性では正直に答えないという印象が強かった。KAST の利用は簡便で,点数で問題が重篤であるとか,依存症の域に入っているとか説明しやすく,患者にも納得しやすいので便利であった。著者らの体験から,アルコール症患者に共通する受診心理とは「毎日飲酒をしていて具合が悪くなり,自分では軽症だと思い,大きな病院にいって時間がかかるより,薬でももらってただ症状さえおさえてくれればと,近くの医院を受診する」というものと考えられた。患者のこのような心理が病院より開業医を選択させると思われた。多くの場合「腹が痛い,だるい,頭が痛い」等と言って来院し,結局鎮痛剤,ビタミン剤,胃の薬や下痢止めを処方することになることが多い。一般的に,患者は詳しい問診や診察を敬遠する傾向がある。アルコール症の発見には,第一に飲酒習慣の問診が簡単かつ大切で,他覚症状では,アメリカNCAの診断基準,日本における診断基準試案等が参考になった2)。アルコール症患者は1シリーズあたりの通院回数は少ないものの,数ヵ月おきに外来に繰り返し来る傾向があり,何回か外来に来ているうちに,アルコール症に気づくこともあった。
3.集計結果について
佐賀県で昭和63年1月に行われた調査 7)によると,ある1日の41ヵ所の一般医療施設における外来,入院患者の,男性で19%,女性で4.3%がKAST:2以上であったという。また患者も医師もあまりアルコール症を意識していなかったという。一人あたり飲酒量では宮城県と佐賀県はほぼ等しい11)。当医院における集計結果では,KAST:2以上は,18歳以上の男性で,7.7%,女性で,0.9%と佐賀県の調査成績の,男性では1/2以下,女性では1/4以下である。その理由として,KAST:0−2の問題飲酒を含め,当医院の場合ほとんどは症状,疾患がアルコール症と直接的に関連している者が診断の対象になっていることがある。またアルコール症を疑いリストしたものの,時間的にKASTの問診,検査ができないうちに来なくなった患者が男で60名,女で6名おり、経験的にこれらの患者の大半は,来院すれば各重症度のアルコール症と分類されると考えられる。したがって本報告の集計結果は少なめに現実をとらえているものと考えられる。生活保護,保険外診療ともに少ないことは,この地域が特別貧困でもなく,急患の多い診療所でもないことを示唆している。内科診療所におけるアルコール症,アルコールによる臓器障害の頻度についての最近の統計はないが,本報告は,意識して患者を診れば内科開業医が,男性成人患者については,あたかもアルコール内科となっていることを示唆している。また当医院で依存症と診断された患者のアルコールによる臓器障害,特に肝障害や高血圧の頻度などは精神科での依存症のデータと近かった12)。
4.女性アルコール症患者について
女性アルコール症患者の数は少ないが,軽症ほど数が多く,男性数に対する%が高く,また年齢分布も若い20歳代が多い。しかしこれらのデータが平行移動的に将来の重篤な女性アルコール症患者の増加を示唆するかは不明である3)。女性アルコール症全体で見ると,年齢分布のピークが30歳代と50歳代に2つ見られることは,重田らにより報告されているように10),女性アルコール依存症患者の習慣的飲酒開始年齢に,25歳と45歳前後の2つのピークがあることと一致している可能性がある。本報告で指摘したいことは,問診への不正直,検査や指導のための再受診が少ないこと等,男性に比べ所謂手応えが少ないこと4),したがって診療に男性患者と違った対応,例えば看護婦がKAST の問診や断酒指導時立ち会わない等,が必要と感じた。
W.お わ り に
アルコール症が健康障害の背後にあれば,降圧剤も,肝障害治療剤も,糖尿病治療6)も効きにくい。患者は薬を飲みながらアルコールも飲み続けていることが多い。習慣性や依存症になっていることのほかに,アルコールの害が社会的に認識されていないことがあろう。実際,タバコの害が内科で喘息や,気管支炎,胃・十二指腸潰瘍等で問題になるより,はるかにアルコールの害は多く,医学的に多様で,家庭的に深刻かつ社会的にも障害も多かった。また若い世代が各種の宣伝媒体を通じて誘惑され,自動販売機によってかなり自由に買える環境が作られている5)。内科開業医には家族がかわるがわるに受診することが多く,患者に関する情報や,家族の協力も得やすい。したがって飲酒の害益の害の面の啓蒙や,アルコール症の早期発見,早期指導は内科開業医の役割であろうし,やりがいのある仕事と考えられる。
謝 辞
開院時,アルコール症への問題意識を教えていただいたチバ器械K.K.社長の千葉幸男氏,神経症・うつ病の診断と治療に協力いただいた名取熊野堂病院院長の杉博先生,資料文献を提供して下さった藤沢薬品K.K.仙台支店の水沼定夫氏,NTT宮城支社の栗原忠武氏,フリーライターの宮坂いずみ氏,仙台市民生委員,AKK会員の芳賀仁吉氏に厚くお礼申し上げます。また本論文を校閲,指導いただいた,東北大学,抗酸菌病研究所名誉教授,佐藤春郎先生に感謝いたします。
文 献
1989年10月31日受理
A statistical study on alcoholism found in outpatients
of a clinic in Sendai City
*宮千代加藤内科医院
[〒983-0044 仙台市宮城野区宮千代一丁目2−9]
Juneji Khato, Yuhko Onodera, Hitomi Ohyama,
Misao Takahasi, Ayako Aoyama,
**東北会病院
Tohru lsikawa
仙台市の一内科無床診療所の外来患者の
アルコール症に関する統計的研究
──第2報,特にアルコール関連医療費について──
加藤純二* 小野寺裕子* 大山ひとみ* 高橋ミサオ*
青山文子* 井上 恵子* 加藤千恵子* 石川 達**
アルコール医療研究
第8巻1号 1991年3月 別冊
星和書店
は じ め に
当医院の外来新患患者におけるアルコール症の頻度について先に本誌で報告した。その後の1年間の新患患者についての集計と,再来患者を含めた全アルコール症患者の医療費の当医院の総医療費に占める割合を,健康保険種別,性別,重症度別に分析した。これらの結果から無床診療所での現在の日本のアルコール関連医療費を推定した。またアルコール症患者が病識や否認が少ない段階で医学的ケアを求めて訪れる開業医のレベルでの対応について考察した。
T.方 法
1.地域環境と診療状況
前報2)で記した如く,医院は仙台市東部郊外の住宅商業地域にあり,昭和62年1月に開院し現在にいたっている。特に酒害相談やアルコール依存症の外来治療を掲げてはいない。子供から老人まで,時には小さな外傷まで,来院すればある程度何でも診療する平凡な医院である。
2.アルコール症の重症度分類
本報告におけるアルコール症とは広義に医学的ケアを要するアルコール性疾患,大量飲酒,問題飲酒,依存症を含む。
原則として高枚生以上であれば初診時に喫煙,飲酒習慣について問診した。飲酒習慣と自覚,他覚症状からアルコール症が疑われれば,久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(以下KASTと略),腹部エコー検査,血液検査(総ビリルピソ,GOT,GPT、γGTP,総コレステロール,中性脂肪,尿酸,血糖,末血等)を行った。前報と同様,アルコール症を疑った場合,問題飲酒,重篤問題飲酒,依存症の三段階に重症度分類を行った。問題飲酒とは,アルコール性慢性臓器障害が明らかな患者か,KAST:0以上か,γGTP:50IU/L以上か,大量飲酒の患者とした。大量飲酒とはエチルアルコールを,男性では114ml(日本酒にして4合,ビールで大瓶4本),女性では86ml(同じく3合,3本)以上ほば毎日飲んでいる場合とした。重篤問題飲酒とは,KAST:2以上か,γGTP:100以上。アルコール依存症とは,KAST:8以上か,γGTP:300以上の患者か,連続飲酒発作で来院した者か,アルコール依存症として過去入院歴があり,初診時断酒できないでいた者とした。
3.新患患者と再来患者の集計
本報告での新患患者とは平成1年7月17日から平成2年7月16日までの1年間の外来新患患者で,保険外診療を含め,健康診断は含まない。数シリーズ来院した場合,初診回数は複数回となり,年令は最も早い初診時の年令とした。再来患者とは,それ以前の2年半に新患としてカルテがあった患者である。再来患者のアルコール症は,すでにアルコール症と診断してあった患者の他,以前疑ったものの確認できなかったり,気づかなかった患者で,続く1年間で,再来時に確認できたアルコール症患者を含む。新患,再来アルコール症患者のカルテについて,年令,病名,医療費,新患のアルコール症患者,一般(非アルコール症)患者について,初診回数,受診回数(初診時を含む)を集計した。
4.アルコール症患者医療費とアルコール関連医療費について
アルコール症患者の個々のカルテから医寮費を集計し,“アルコール症患者医療費”とした。同時に過度の飲酒習慣と直接的には関係ない分を引いた医療費を“アルコール関連医療費”として集計した。過飲酒習慣との関連性については,個々のケースで判断に迷うことが多く,実際には以下の基準にあてほまる場合,過飲酒習慣と関連なしとした。
a)習慣としての過飲酒がなく,たまたま飲酒によって急性アルコール中毒や急性胃炎などを起こし受診した場合。
b)発熱のある風邪症候群,急性上気管支炎や扁桃腺炎,膿瘍,胆嚢炎などの炎症性疾患。
c)蕁麻疹,湿疹,白癬症などの皮膚科疾患。
d)外傷や捻挫など外科,整形外科的疾患。
一方,以下の場合はアルコール関連とした。
a)頭痛,だるさ,腹痛などを訴えて来院し, ”風邪のようだ”と患者が言っても,発熱などの炎症性変化がはっきりせず,KASTで0点以上か,問題飲酒を裏づける肝機能障害などの臓器障害が認められるか,他覚的に手指の振戦や頻脈,発汗,不安,いらいら,不眠などの離脱症状が認められたりした場合。
b)神経症様不定愁訴で来院し,上記の様な問題飲酒,臓器障害,離脱症状が認められる場合。
c)現在は節酒あるいは断酒していても,過去に明らかなアルコール症があり,アルコール惹起性と考えられる慢性疾患(肝機能障害,高脂質血症,糖尿病,痛風など)で継続して通院している場合。当医院の総医療費は毎月の請求事務の記録から集計した。平成1年7月後半の医療費は平成2年7月前半のそれと合わせ7月分医療費とした。
U.結 果
1年間の外来新患患者数ほ1,159人で,アルコール症新患患者は総数99人(8.5%),その内男性は80人(20歳以上男性新患患者の20.7%,ただし未成年アルコール症1名を除く),女性は19人(20歳以上女性新患の4.2%)であった。
図1(a,b)は全新患患者の男女別年令分布とアルコール症新患患者の年令別頻度を示す。アルコール症は男女とも40歳台に最も頻度が高かった。男性40歳台では新患患者の35.7%,女性では9.1%がアルコール症患者であった。
男性患者 年令 | 初 診 回 数 | 受 診 回 数 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
一般患者 | 問題飲酒 | 重篤以上 | 一般患者 | 問題飲酒 | 重篤以上 | |||
10歳未満 | 1.91 | ─ | ─ | 3.00 | ─ | ─ | ||
10 ─ 19 | 1.25 | ─ | ─ | 1.68 | ─ | ─ | ||
20 ─ 29 | 1.25 | 1.92 | 1.33 | 1.70 | 3.50 | 2.00 | ||
30 ─ 39 | 1.34 | 1.33 | 1.27 | 1.75 | 2.08 | 3.18 | ||
40 ─ 49 | 1.24 | 1.20 | 1.10 | 2.58 | 2.07 | 4.20 | ||
50 ─ 59 | 1.26 | 1.00 | 2.00 | 3.08 | 2.75 | 6.33* | ||
60 ─ 69 | 1.50 | 1.00 | 1.00 | 6.13 | 4.00 | 16.5* | ||
70 ─ 79 | 1.11 | ─ | ─ | 6.22 | ─ | ─ | ||
女性患者 年令 | 初 診 回 数 | 受 診 回 数 | ||||||
一般患者 | アルコール症 | 一般患者 | アルコール症 | |||||
10歳未満 | 1.83 | ─ | 3.04 | ─ | ||||
10 ─ 19 | 1.36 | ─ | 2.10 | ─ | ||||
20 ─ 29 | 1.31 | 1.40 | 1.72 | 3.00 | ||||
30 ─ 39 | 1.45 | 1.75 | 2.33 | 2.25 | ||||
40 ─ 49 | 1.26 | 1.50 | 2.46 | 3.80 | ||||
50 ─ 59 | 1.28 | 1.50 | 2.79 | 6.50 | ||||
60 ─ 69 | 1.24 | ─ | 6.15 | ─ | ||||
70 ─ 79 | 1.23 | ─ | 21.2 | ─ |
表1は平均初診回数,平均受診回数を一般患者とアルコール症患者で年令別に比較した結果を示す。一般患者では患者1人あたりの初診回数は10歳末満でやや高い傾向がある。患者1人あたりの通院回数は男女とも60歳以上で10歳台〜30歳台の3倍程度に高くなり,女性では70歳台でさらに増える。高年齢ほど,また高年齢の女性ほど継続通院患者が多いことを示している。
男性アルコール症患者の受診傾向は重篤問題飲酒と依存症では同様の傾向を示したのでまとめて問題飲酒群,一般患者群と比較した。また女性アルコール症は例数が少ないので3群をまとめて示した。男女とも初診回数では一般患者と大差ない。男性の場合,問題飲酒では受診回数では一般患者と同程度か,60歳台ではむしろ一般患者より低かった。重篤問題飲酒と依存症では年齢が高くなるにつれて,受診回数が増え,50歳台で約倍,60歳代で16.5回と有意に高かった。女性アルコール症患者では受診回数は30歳代を除き一般患者より高く,特に50歳台では一般患者の2倍以上であった。
図2は新患,再来を合わせて1年間に当医院を受診した全アルコール症患者の重症度別年齢分布を示す。アルコール症患者総数は250名(男性216名,女性34名)であった。問題飲酒は新患で男性44名,女性12名,再来で男性42名,女性9名,重篤問題飲酒は新患で男性17名,女性3名,再来で男性58名,女性4名,依存症は新患で男性19名,女佐4名,再来で男性36名,女性4名であった。再来患者の分布に新たに加わった新患患者の数と分布を見ると,男性では問題飲酒群で20〜40歳代の年齢層の新患の増加が著しく,女性では新患:再来の比が1.3:1と(男性では0.6:1),新患患者の増加率では男性のほぼ倍であった。
男 性 | 女 性 | ||||
新 患 | 再 来 | 新 患 | 再 来 | ||
問 題 飲 酒 |
社本 | 332.0 (435.6) |
204.3 (460.4) |
8.0 (8.0) |
|
社家 | 53.7 (65.8) |
230.9 (253.9) | |||
国保 | 46.6 (49.4) |
989.6 (1136.0) |
21.8 (21.8) |
36.5 (40.0) | |
私費 | 0 (3.4) |
||||
計 | 378.6 (485.0) |
1193.9 (83.5) |
83.5 (99.0) |
267.4 (293.9) | |
重 篤 問 題 飲 酒 |
社本 | 145.8 (145.8) |
905.6 (911.6) |
9.1 (22.7) | |
社家 | 11.4 (11.4) |
15.0 (27.5) | |||
国保 | 237.5 (242.8) |
857.2 (911.9) |
3.8 (6.8) |
12.5 (12.5) | |
計 | 383.3 (388.6) |
1774.2 (1834.9) |
3.8 (6.8) |
36.6 (62.7) | |
依 存 症 |
社本 | 242.7 (255.3) |
864.3 (895.7) |
8.3 (23.3) |
31.3 (49.0) |
社家 | 16.0 (16.0) | ||||
国保 | 49.7 (49.7) |
1548.7 (1638.1) |
69.1 (71.9) |
108.5 (121.0) | |
医保 | 155.2 (155.2) |
||||
計 | 292.4 (305.0) |
2568.2 (2689.0) |
77.4 (95.2) |
155.8 (186.0) | |
三群合計 | 1054.3 (1178.6) |
5536.3 (6120.3) |
164.7 (201.0) |
459.8 (542.6) | |
三群新患 再来合計 |
6590.6 (7298.9) |
624.5 (743.6) | |||
問題飲酒 1923.4 (2474.3) 重篤問題飲酒 2197.9 (2293.0) 依存症 2197.9 (2293.0) 総計(三群新患再来男女)7215.1 (8042.5) | |||||
表2はアルコール症患者の医療費をまとめたものである。アルコール関連医療費は721.5万円,アルコール患者医療費は804.3万円であった。当医院の1年間の総医療費(医療保護,私費を含む)が6137万円であったので,それぞれ11.7と13.1%にあたる。アルコール関連医療費でみると,男女比は10.6:1で,社会保険医療費3560万円の8.6%(そのうち12.1%が女性アルコール関連医療費),国民健康保険医蕨費2458万円の16.2%(そのうち6.3%が女性アルコール関連医療費)がアルコール関連医療費であった。医療保険診療費113.7万円の13.7%がアルコール関連医療費であった。
図3 総医療費とアルコール関連医療費の月別推移
(■依存症 ▲重篤問題飲酒 ●問題飲酒)
図3は総医療費とアルコール関連医療費を重症度別に月別にまとめたものである。総医療費は8月に低下,冬に上昇,4月に低下し7月まで漸増するパターンをとるが,平成1年末は風邪の流行が軽度で,平成2年3月に一過性の風邪の流行が見られた。アルコール関連医療費の総医療費に対する比率を計算してみても,特定の月に多いという傾向は見られなかった。
V.考 察
1.内科外来におけるアルコール症患者の頻度について
著者らは開院した当初から過度の飲酒習慣による医学的障害に関心を持ち,その早期発見,重症度の診断,節酒・断酒指導,集計を続けてきた。始めの2.5年間のデータは第1報として本誌に発表した2)。その後1年間は以前からの継続通院患者に新たなアルコール症患者が加わり総数で250名,その内重篤問題飲酒,依存症患者は計139名が来院したことになる。うち男性2名が依存症として精神病院に入院歴があった。断酒指導で配偶者をまじえて話をすると家族的,社会的問題は深刻なことが多く,氷山の一角のみが精神科を受診しているのがわかる。この多くの患者数に恐らく次のような疑問が持たれるであろう。地域が特殊でないか,特にそのような患者が集まっているのではないか,診断が間違っていないか,などである。地域の特殊性については,卸商団地に近く,古くからの農地がここ20年あまりで人口密度の高い住宅地になった所であるという他はこれと言った特殊性はない。医院周辺の患者がほとんどで,家族からアルコール問題の相談を持ちかけられたことは数回あるものの,ほとんどすべてのアルコール症患者はなんらのアルコール関連の病識を持たず来院している。医療保護患者や医療保護アルコール症患者が極めて少ないことも,この地域が特別貧困でもなく,当医院がアルコール専門外来として認識されていないことを裏づけていると思う。アルコール症患者の受診に季節性が見られなかったことも,機会飲酒の急性症状でなく,過飲酒習慣による症状・疾患がスクリーニングされていることを示していると思う。診断は主観的にならぬようほとんどの例でKASTを患者本人に問診,離脱症状の診断も確実なもののみにした。KASTは本人の否認傾向のためむしろかなりの過少統計となっていると考えている。機械的に問診して“こんな人が”と過飲酒習慣の広がりに驚くことが多かった。
年齢のピークが40歳代にずれ,より軽症の問題飲酒群で20〜40歳代の男性新患患者が増加したこと,女性アルコール症新患患者が増加したことが今回の集計で目立つことである。より若い年齢層に転勤者が多いことが影響しているかも知れない。若い層と女性の今後のアルコール症の増加を示唆しているとも考えられる。
2.アルコール痘患者の受診の特徴
印象としてアルコール症患者は老人の多い内科外来へ“若いのにちょくちょく来院する”と思っていた。客観的に初診回数,受診回数で一般患者と比較すると1シリーズの通院回数が多いことがわかった。男性の重篤問題飲酒,依存症群の高年齢層ほど受診回数が多いのは主として高血圧症や糖尿病で継続受診することになった新患患者が含まれることによる。問題飲酒群は必ずしも受診回数が多くなく,病名としてほ胃炎,特に慢性胃炎の急性増悪が多かった。女性では40,50歳代で病名として更年期障害,神経症が多かった。
3.当医院の医療費に占めるアルコール症患者の医療費
佐賀県で昭和63年に行なわれた調査7)によると,ある1日の41一般医療施設における外来,入院患者の,男性で19%,女性で4.3%がKAST:2以上であったという。また患者も医師もあまりアルコール症を意識していなかったという。
厚生省の「アルコール関連問題の疫学的研究班」がまとめた調査報告書15)によれば,川崎市内のある民間病院の入院患者(659人)の男性の28.7%,女性の6.2%が重篤問題飲酒者で約18%の患者が病気に飲酒が関与し,病気の悪化因子と推定された。厚生省の1987年国民医療費のうち,入院医療費7兆8000億円を単純計算して1兆3900億円が不適切な原因の医療費と推定されている。
当医院の集計結果で11.7〜13.1%を無床診察所の年間医療費,4兆7714億円(昭和63年)5)に掛けると,5580〜6250俵円がアルコールの不適切な飲み方による医療費と推定することができる。本集計は患者頻度を総医療費に掛けたものでなく,カルテからミニマム,マキシマムの医療費を集計したもので,より直接的な推計と考えている。
大本は10),諸外国の研究者が日本のアルコール対策が遅れている理由の1つとして,アルコールによる諸種の弊害を損失金額として算出しない曖昧さを指摘すると述べている。
1974年米国の厚生当局から議会へ宛てた「アルコールと健康」に関する報告13)によれば,アルコールの経済的失費−−アルコールの飲み方が不適切なために生ずる経済的失費──のうち,健康と医療関係は生産損失関係に次ぎ,自動車事故関係より多いという。アルコール関連の健康と医療の出費82.9億ドルは1971年の米国全医療費の12%にあたる。そのうち53億ドルは入院治療費で,9億ドルは医者の診察に,約3億ドルは医薬品に費やされた。また,患者の入院費の53億ドルは,米国の成人の入院費のほぼ20%に当たるという。
先のアルコール関連病院入院医療費と無床診療所の医療費の合計,1兆9400億円にさらに有床診療所のアルコール関連医療費が加わるわけであるが,残念ながら後者についての統計がない。しかし有床診察所が無床診療所と病院の中間的存在であることを考えるとアルコール関連医療費は1988年の酒税額 4)2兆848億円は上回ることが予想され,その上に生産損失6),自動車事故関係8,10)等が加わることになる。
Holder と Hallman らの報告1)によれば,アルコール依存症患者が依存症そのものの治療を患者が受けたあとは,患者の入院,外来医療費ばかりでなく,患者家族の医療費も著減したと報告している。診断が正しければアルコール依存症者は断酒しない限り多くの場合必ずまた身体症状を訴えていずれまた来るものである。現状では内科開業医はこれらの患者を“また飲める体にもどしてやる”だけと,批判されているのである。
4.内科開業医の外来における断酒指導について
過飲酒習慣は医師にとっても無縁ではない。仙台市医師会の調査11)によれば喫煙については開業医の64%が喫わないと答え,そのうち67%の医師は以前契っていて今止めていると答えている。一方飲酒については飲まないと答えた開業医は全体の19%でその内以前飲んでいて今止めていると答えたものは34%であり,また1日2合以上を飲むと答えた者は全体の18%である。また医師が患者の過度の飲酒習慣に無関心であったり,面倒な問題として無視したり,不眠解消や長寿のため適度の飲酒をすすめることもある。当医院の患者にも,医師から就寝前の飲酒をすすめられ大量飲酒を続ける理由にしたり,別の医療機関で医師がγGTPが正常範囲であることから,飲酒に問題なしと患者に告げ,それを理由に断酒を拒否したりするケースが多い。寝酒は日本酒1合位までの少量で,効果がある人に限り9),いわゆるノンフラッシャーには止めるよう指導すべきである。またKASTが一般内科外来や健康診断で使用されることも少ない。
当医院はアルコール専門外来は掲げず,一般患者の中に隠れている問題飲酒者をできるだけ見逃さないという立場で診療をしてきた。その間,久里浜方式8,12)や小杉クリニック14)などの方式をいかに一般内科開業医が無理なく応用し得るかを考えてきた。患者本人はほとんどアルコール問題を自覚することなく,ただ身体症状の改善を目的として,節酒・断酒指導を予想していないこと。保健所や精神保健セソターなどの酒害相談と違い始めから本人が軽症のうちにやって来ること。地域の人々と密着しているため予期せぬ飲酒問題をつきつけられても拒否反応がないこと。本人が来院しなくても家族を通じてフォローしやすいことなどの非常にやりやすい面がある。反面,プライバシーを十分に考慮しなくてはいけないこと,まだ家族的社会的に深刻な事態に至っていないためか,なかなか断酒にふみ切れなかったり,自助グループでの出会いの場を作りにくく,医師と患者の1対1の関係に終わることが多いこと。多くの患者の診療のなかでの断酒指導に時間的制約があることなどの問題がある。当医院では時間を節約するため指導箋(表3)をつくり,患者に特に必要な部分に赤線を引いて渡している。医院周辺の保健所の洒害相談,断酒会,AA,一般病院,精神病院との連携も徐々に作り上げる必要がある。もっと多くの内科医が積極的に取り組む必要があると思う。
表3 指導箋 酒害について
〔A〕過度の飲酒習慣による障害
(1)肝障害──脂肪肝,アルコール性肝障害,肝炎,肝硬変,(2)胃炎,胃十二指腸潰瘍,(3)高脂質血症,(4)慢性下痢,(5)ねあせ,(6)糖尿病,(7)痛風,高尿酸血症,(8)高血圧,不整脈,(9)精神障害(朝のだるさ,ノイローゼ,不眠),(10)慢性膵炎,急性肝炎、(11)皮膚障害(カサカサ,湿疹,ニキビ,蕁麻疹,手掌紅斑),(12)節肉障害(肩こり,後頭部のこりと痛み,足の筋肉のこり,こむらがえり)
〔B〕アルコール依存症とは
(1) 普通アル中と聞くと,地下街や駅や公園で寝ていたり,酔ってウロウロしていたり,大声をあげてケンカしていたりする人々を思い浮かべますが,実際にはこのようなアルコール依存症者は全体の5%以下で,大半の患者さんは家庭と職場を持って,私たちの周囲で一見正常な社会生活をしています。
(2) 現在は「アル中」という言葉を使わず,アルコール依存症という言葉を使います。アルコールは一つの精神作用薬で,習慣的に飲んでいると一部の人々で,ブレーキが効かない飲み方になり,対人関係や社会的な障害が出て来ます。アルコール依存症に特徴的なことは,周りの人や当人が,そのような状態を過去の「アル中」の概念から考えて,”アル中とは違う,ちょっと飲み過ぎているだけだ”と考えていることです。
〔C〕アルコール関連疾患とアルコール依存症の治療──根本的治療は節酒断酒です。特にアルコール依存症では生涯にわたっての断酒が必要です。自分は節酒でいけると考えるのは,ちょうど麻薬中毒患者が少しなら毎日でも大丈夫と考えるのと同じで,必ずもとに逆戻りしてしまいます。断酒会やA.A.に加わって,断酒を続けて回復し頑張っている人々と出金うことは,有力な助けになります。当医院でも最寄りの断酒会やA.A.を紹介いたします。ご相談下さい。
** あなたは酒が疲れをとるため,または睡眠によいと思っています。しかし朝のだるさ,はきけ,軟便,肩こり,頭痛等は,実は習慣性となった飲酒のせいなのです。洒をやめるのは最初の2日は大変ですが,後はどんどん元気が回復します。金を余計使う無駄もありません。家族も喜びます。まずドクターストップがかかったといって,家族や会社の人達に「酒をやめる」と宣言し,家の酒を全て人にあげるか,捨ててしまいましょう。そしてまず1ヵ月を目標に酒を断ってみましょう。うまそうにみえる酒のコマーシャルは,あなたにとっては悪魔のささやきです。
W.お わ り に
当医院内科外来で20歳以上の男性新患患者の約21%,女性新患患者の4%にアルコール症が確認され,40歳代では,男性新患患者の36%,女性新患患者の9%がアルコール症であった。また20〜40歳代男性のより軽症のアルコール症と女性アルコール症の患者の増加が目立った。新患,再来を合わせると当医院の社会保険医療費の8.6%,国民健康保険医療費の16.2%,全医療費の少なくとも11.7%がアルコール関連医療費と考えられ,当医院が何ら特殊な地域医療環境にないと考えられることから,日本で概算して無床の診療所の段階で約5600億円の医療費が不適切な過飲酒により引き超こされた症状,疾患により費やされていると推定された。
謝 辞
資料・助言をいただいた栗原忠武氏,仙台錦町診療所・産業医学健診センター所長,広瀬俊雄先生,断酒指導・家族相談について連携・助言いただいた仙台市東部断酒会,仙台市薬物依存問題研究会の方々にお礼申し上げます。内観療法について資料をいただき見学させていただいた奈良県大和郡山市内観研修所,鞍田善三先生,吉本キヌ子先生に感謝いたします。また本論文を校閲,指導いただいた,財団法人周行会,内科佐藤病院院長,佐藤俊樹先生と,東北大学名誉教授,佐藤春郎先生に厚くお礼申し上げます。本論文を,終始お励ましいただいた長野県松本筑摩高校,鎌倉通敏先生,長野県飯田高絞元校長,林緑先生に捧げます。
文 献
1991年2月8日受理
A statistical study on alcoholism found in outpatients
of a clinic in Sendai City-the 2nd report with special
reference to the alcohol-related medical costs.
*宮千代加藤内科医院
[〒983-0044 仙台市宮城野区宮千代一丁目2−9]
Juneji Khato, Yuhko Onodera, Hitomi Ohyama,
Misao Takahasi, Ayako Aoyama, Keiko lnoue,
Chieko Khato
**東北会病院
Tohru lsikawa
内科診療所における女性アルコール依存症患者についての研究
──臨床像と女性アルコール依存症患者の早期発見法──
加藤純二1) 太田瑛子2) 高山立3)
小林悌二2) 竹中あゆり4) 石川達4)
『アルコール依存とアディクション』第13巻4号
(平成8(1996)年12月20日発行)別冊
抄録:内村外来を受診した軽症を含めた女性アルコール依存症の患者について、臨床像を分析し、その早期発見法について考察した。8年間にみられた62名の患者を、3段階の重症度に分類すると、軽症群は30歳台にピークがあり、重症(アルコール依存症)群では40歳台に少なく、50歳台に別なピークを持つ2相性の分布を示した。全般的に肝障害などのアルコール関連疾患は少なく、重症群では神経症・不眠が比較的多い。また肝障害の程度とKASTの得点との間に相関性は認められなかった。KASTの各質問への応答結果を分析すると、女性患者がハイと答える頻度が高い質問項目は、11(飲酒習慣)を除くと、2、3、4、12であった。CAGEの質問項目の4(朝酒)をKASTのそれの11(寝酒)に変えると、4つの質問で効率よく女性アルコール依存症がスクリーニングできることが分った。 |
アルコール依存とアディクション,13:321-330,1996 |
T.はじめに
仙台市郊外の一住宅商業地域の内科診療所の外来を受診したアルコール依存症患者について、我々は、その年齢別性別頻度、重症度分類、初診時主訴、アルコール関連疾患の頻度などを報告し2)、またそれらの患者にかかる医療費3)について報告した。
アルコール依存症で専門的治療機関を受診する患者の既往歴を調べると、患者は内科などの一般科をかなり長期にわたり受診しており、アルコール依存症という病名を付けられることが少ないことが指摘されている4,15)。日本では潜在的な患者の数は多いが、アルコール依存症という病気の早期発見・専門的治療は、臨床医学の他の領域に比して、大きく立ち遅れているのが現状であろう。
近年、若い女性の飲酒人口は男性のそれに比して上昇が著しい10)。この傾向は女性のアルコール依存症患者の増加を予想させる。波田は女性の飲酒の一般化は1968年頃にはすでに起こっていたが、女性のアルコール依存症の増加は、1978年までは明確ではないとしている12)。比嘉も同様のことを記しているが(1979年)13)、その後、全国14ヵ所のアルコール依存症の専門治療施設のアンケート調査を行い、全アルコール依存症入院患者に対する女性のアルコール依存症患者の比率は1982年から1986年まで、約6%から12%まで増加したと報告している14)。
石井は国立久里浜病院における入院アルコール依存症患者の男女比を報告しており1)、70年代前半は30:1以上であったのが、女性患者の比率は70年代後半から80年代前半に急増し、1988年には7.8:1となり、以後横ばいの傾向にあるという。
また女性アルコール依存症者は、男性アルコール依存症者に比し、より短期間で、より少ない飲酒量で依存症となり、専門的治療の効果が少なく、予後が悪いこと、アルコール関連疾患は比較的少ないこと、などが知られている6,8)。樋口17)は、男女のアルコール依存症患者の1〜12年の死亡率を比較し、男女で差異がみられないが、一般人口での死亡率は女性が男性に比して低い分、女性アルコール依存症の予後は男性のそれより悪いとしている。
男性のアルコール依存症者に比して、女性の場合、患者はより潜在化しやすく、その相当部分は内村などの一般科に停溜している可能性がある4)しかし今まで女性のアルコール依存症の予備軍についてその臨床像に基づいて、早期発見法を考えた報告はない。今回我々は、開院以来8年間にみられた女性アルコール依存症について、その臨床像を分析し、早期発見法について若干の知見を得たので報告する。
U.対象と方法
1.地域環境と診療観察期間
前報2,3)で記した如く、診療所は仙台市の東部郊外にあり、地域に密着した平凡な診療所である。特に酒害相談やアルコール依存症の外来治療を掲げているわけではない。今回の研究報告は、昭和62年1月の開院より平成7年1月までの8年間の期間の集計である。
2.アルコール症の重症度分類
本報告におけるアルコール症(以下ア症と略)とは、広義に軽症を含めたアルコール依存症のことで、医学的ケアを要するアルコール関連の症状・疾患、習慣的大量飲酒、軽症から重症までのアルコール依存症を含む。高校生以上であれば初診時に、喫煙・飲酒習慣について問診し、飲酒習慣と自覚・他覚症状からア症が疑われれば、久里浜式アルコール症スクリーニングテスト5)(以下KASTと略)、血液検査、腹部エコー検査などを行った。前報と同様、ア症を以下の三段階に重症度分類し、最も重症の段階(3)を狭義のアルコール依存症とした。
(1)軽症問題飲酒:アルコール関連疾患の存在、γ−GTPが50単位以上、大量飲酒、KASTが0点以上。
(2)重篤問題飲酒:アルコール関連疾患の悪化傾向、γ−GTPが100単位以上、KASTが2点以上。
(3)アルコール依存症:γ−GTPが300単位以上、KASTが8点以上、離脱症候群か連続飲酒発作がある、アルコール依存症で入院歴があり断酒していない。
ここで大量飲酒とは、内科外来における早期発見という目的から、その基準をやや少なく、エチルアルコールを86ml(日本酒にして3合、ビールで大瓶3本相当)以上ほぼ毎日飲んでいる場合とした。
点数 | |||
---|---|---|---|
1 | 酒が原因で大切な人(家族や友人)との 人間関係にひびが入つたことがある。 |
A.ある | 3.7 |
B.ない | |||
2 | せめて今日だけは酒を飲むまいと思つても、 つい飲んでしまうことが多い。 |
A.あてはまる | 3.2 |
−1.1 | |||
3 | 周囲の人(家族、友人、上役など)から 大酒飲みと非難されたことがある。 |
A.ある | 2.3 |
B.ない | −0.8 | ||
4 | 適量でやめようと思っても、つい 酔いつぶれるまで飲んでしまう。 |
A.あてはまる | 2.2 |
B.あてはまらない | −0.7 | ||
5 | 酒を飲んだ翌日、前夜のことをところどころ 思い出せないことがしばしばある。 |
A.あてはまる | 2.1 |
B.あてはまらない | −0.7 | ||
6 | 休日には、ほとんどいつも朝から酒を飲む。 | A.あてはまる | 1.7 |
B.あてはまらない | −0.4 | ||
7 | 二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を 守らなかったことがときどきある。 |
A.あてはまる | 1.5 |
B.あてはまらない | −0.5 | ||
8 | 糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断され たり、その治療を受けたことがある。 |
A.ある | 1.2 |
B.ない | −0.2 | ||
9 | 酒が切れたときに、汗が出たり、手がふるえ たり、イライラや不眠など苦しいことがある。 |
A.ある | 0.8 |
B.ない | −0.2 | ||
10 | 商売や仕事上の必要で飲む。 | A.よくある | 0.7 |
B.ときどきある | 0.0 | ||
C.めったにない | −0.2 | ||
11 | 酒を飲まないと寝つけないことが多い。 | A.あてはまる | 0.7 |
B.あてはまらない | −0.1 | ||
12 | 3本以上、ウイスキーなら1/4本以上)をしている。 |
A.あてはまる | 0.6 |
B.あてはまらない | −0.1 | ||
13 | 酒の上での失敗で警察のやっかいになった ことがある。 |
A.ある | 0.5 |
B.ない | −0.0 | ||
14 | 酔うといつも怒りっぽくなる。 | A.あてはまる | 0.1 |
B.あてはまらない | −0.0 | ||
[ 判 定 ] (−5)点以下:まったく正常 0〜2点:問題あり(問題飲酒群) 0〜(−5)点:まあまあ 2点以上:きわめて問題多い(重篤問題飲酒) |
3.個人票の作成とデータ分析
女性ア症患者すべてについて個人票を作製し、そのデータ項目(104項目)、および各個人のKASTの応答結果(14項目)をコンピュータ入力し、データ処理を行った。個人票のデータ項目の主なものは次のとおりである。
生年月日、保険証の種類、初診及び終診年月日、平成7年1月17日における年齢、KASTの点数、重症度分類とその該当項目、家庭的・社会的状況、受診形態(自発的、家族同伴あるいは保健所・福祉事務所からの紹介)、身体的障害の検査データ、通院状況(継続的、断続的、中断)、予後、断酒の場合はその主な動機など。
データ処理はコンピュータ(NEC PC−9821Xe/U7W)で、ソフトはLotus 1・2・3 5Jを用いた。
V.結 果
当医院外来に8年間に見いだされた女性ア症患者は合計62名でその内訳は次の通りであった。
(1)軽症問題飲酒:27名(うちKASTなし12名)図1は重症度別の年齢分布を示す。軽症問題飲酒群は20歳台、30歳台、40歳台にまたがり、30歳台が最も多い。垂篤問題飲酒群では40歳台が滅少し、50歳台がやや増加する2峰性の分布を示した。アルコール依存症群でも同様の2峰性を示したが、重篤問題飲酒群に比較して20歳台、30歳台が少なく、50歳台のピークが大きかった。
年齢重症度1) | く20 軽・重・ア |
20〜29 軽・重・ア |
30〜39 軽・重・ア |
40〜49 軽・重・ア |
50〜59 軽・重・ア |
60〜69 軽・重・ア |
70〜79 軽・重・ア |
>80 軽・童・ア |
年齢 重症度1) |
1 | 1 | 1 2 | |||||
糖・脂質代謝 異常 |
2 | 1 | 4 1 | 1 | 1 3 5 | 1 | 1 | |
高尿酸血症 | 2 | |||||||
高血圧症 | 1 | 1 1 2 | 1 | 1 | 2 | |||
心臓・血管系2) | 2 2 | 2 | ||||||
神経症・不眠3) | 1 1 | 2 3 2 | 3 2 | 6 1 | 2 2 | 2 1 | 3 | |
消化管系 | 1 | 2 5 2 | 5 1 | 1 | 1 | |||
その他4) | 1 3 | 3 |
表2にアルコール関連疾患の重症度別の頻度を示した。軽症問題飲酒群では、神経症・鬱症・不眠症と並び胃炎が多く、次いで糖・脂質代謝異常のうちの高脂質血症、更年期障害が多い。重篤問題飲酒群では神経症・鬱症・不眠症が主で、胃炎その他のアルコール関連疾患は減少する。アルコール依存症群では神経症・鬱症・不眠症と高脂質血症、高血圧症・心臓疾患が少数に見られるものの、全体としてアルコール関連疾患は非常に少ない。
肝臓障害については、γ−GTPが100単位以上はア症全体でわずか3例であり、GOT、GPT、γ−GTPとKASTの得点との間に相関性は認められなかった(図2)。
以下にKASTに対する応答を分析した結果を示す。図3は各質問項目への「はい」と答えた人数を重症度別にまとめたものである。「はい」が極端に少ないのは項目13(警察ざた)で、次いで項目14(怒り)、項目6(朝酒)、項目1(人間関係のひび)の順であった。
逆に「はい」が多いのは、項目2(つい飲む)、項目12(3合以上の晩酌)、項目3(非難)、項目11(寝酒)、項目4(泥酔)の順であった。
項目1(人間関係のひび)に「はい」と答えた者の数は8名と少ないが、その7名はアルコール依存症群であり、そのすべての者は項目11(飲まないと寝つけない)に「ある」と答えた。
項目4(泥酔)と項目5(ブラックアウト)はジェリネックのいうガンマ型アルコール依存症を示唆する項目である。そこで項目4、5に「はい」と答えた者の他の項目への応答を見た結果が図4、5である。軽症問題飲酒群には「はい」はほとんど見られない。泥酔が「はい」でもブラックアウトは必ずしも「はい」ではないが、ブラックアウトが「はい」だと「泥酔」も「はい」のことが多い。ブラックアウトが「はい」の者の中で、項目1、9(離脱症状)が「はい」と答えた者はすべてアルコール依存症であった。
社交的飲酒を示唆する項目10に「はい」と答えた者は図6に示すように、項目12(晩酌)、項目2(つい飲む)に「はい」が多く、項目3(非難)、項目4(泥酔)、項目11(寝酒)などにも「はい」と答えるものも多かった。
項目11(寝酒)に「はい」と答えた者を調べると、項目6(休日の朝酒)は少なく、項目2、3、4、12に「はい」と答える者が多い。軽症問題飲酒は少なかった。
保険証の種類を各重症度別に調べると、軽症問題飲酒群の30歳台、重篤問題飲酒群の20歳台には社保本人が圧倒的に多く、アルコール依存症群の50歳台には、社保家族と国保がその殆どを占めた。生活保護(医療保護)受給者はア症全体で1名であった。
職業として目立ったことは、料飲業関係が多いことで、アルコール依存症群では7名(約4割)、重篤問題飲酒群では2名(約1割)、軽症問題飲酒群では6名(約2割)、全体で24%の患者が料飲業関係に勤めていた。
8年間で専門科に入院、受診させることができた症例はそれぞれ2名、1名であった。別に自助グループへ参加したもの2名、すでに自助グループへ参加していたもの1名であった。集計終了時、アルコール依存症群で継続的に断酒しているものは、入院から自助グループへつながった1名とすでに自助グループへ参加していた1名の計2名のみであった。
8年間の死亡例は、アルコール依存症の自助グループ参加・再飲酒例の吐血死1名と、軽症問題飲酒群で高齢死亡者1名であった。
W.考 察
著者らは、単に症状を軽減、治療してもらいたくて来院する潜在的なアルコール症患者を見逃さず、重症度を判定して、できるだけ専門的治療を早期に受けさせるということを目標にしてきた。
軽症問題飲酒群の年齢分布は30歳台に大きなピークがあり、アルコール関連疾患が比較的多かった。しかし重篤問題飲酒群、アルコール依存症群では軽症問題飲酒群に比較して40歳台の人数が減少しており、アルコール依存症群では50歳台に大きなピークが現れる。このような2峰性の分布は、著者らの第1報の2.5年間の集計でも、症例数は少なかったが観察され2)、国立久里浜病院における石井の調査でも、女性入院患者で近年、29歳以下と60歳以上での増加が目立ち、かつての中核群であった11)40歳台の割合は減少傾向にある事を報告している1)
本研究から、比較的若くして飲酒を始める女性の多くは30歳台、40歳台で、受診回数が少なくなる可能性がある。これは飲酒回数や飲酒量の減少によるのか、単に症状が軽減するのか、またはこの年代の女性が、結婚後の育児や教育などで時間的・経済的に受診がむずかしいことによるかも知れない。
50歳台で再び増える重篤問題飲酒、依存症群に特徴的なことは、神経症・うつ症・不眠症が少数見られる他はアルコール関連疾患が少ないことである。入院する女性アルコール依存症患者の平均飲酒期間は611)〜812)年といわれているので、これら50歳台を中心とする女性ア症は、40歳台、あるいは50歳台に始まる別な性質の飲酒習慣がもたらしたものと考えるべきである。
女性の飲酒の促進要因として飲酒者のライフイベントの重要性が報告されており12,19,20)、40歳台、50歳における心理的問題や、更年期における内分泌的な変化9)に関連して、より依存性の強い飲酒習慣が開始する可能性がある。
KASTへの応答を分析した結果からは、女性には、飲酒しての「警察ざた、怒り、朝酒、人間関係のひび」に「はい」と答えることは少ない。これは女性がこのような特徴を、男性アルコール依存症の重症者の典型的特徴と見て、このような兆候がないことを、自己の飲酒習慣が正常範囲にあることの証拠と考えている可能性がある。これは男性の飲酒に対する社会規範とその逸脱行動を女性ア症者が自分らに適用していることのあらわれと考えられる。実際、女性アルコール依存症患者の「暴力は振るわない、朝からは飲まない、家事炊事はする、子育てもきちんとした。単に飲みすぎただけで、私はアルコール依存症ではない」などという「否認」的言動を経験することがある。
一方、女性で多いKASTの項目は「つい飲む、3合以上の晩酌、非難、寝酒」などであり、飲酒習慣から抜け出せず、暴力的な対人関係障害は少ないものの、家庭内において現実には飲酒が家族からいいこととは思われていないことを示唆している。
男性アルコール依存症者にはアルコール関連疾患としては肝臓障害が最も多い。会社が行う健康診断や人間ドック、市町村が行う住民健康診断では、多量の飲酒習慣を反映するのは肝臓障害であり、γ−GTPとGPTあるいはγ−GTP単独、γ−GTPとGOT+GPTの異常が多いという7)。しかし女性のアルコール依存症を内科あるいは健診でスクリーニングするにはγ−GTPに代表される肝臓障害ははとんど意味をもたないと考えられた。「肝障害がなければ自分の飲酒は問題ない」といった思い込みが一般大衆にあるのは問題であり、アルコール健康医学協会が適正飲酒十カ条の中で、「週に2日は休肝日を」とか、「肝臓などの定期検査を」などという宣伝はむしろ誤解を招いているのは事実である。
内科外来や健康診断では、KASTのような問診が重要性を持つと考えられるが、その質問項目は必要最小限が望ましい。いわゆるCAGEは以下4つの質問項目からなる極めて簡単なスクリーニング方法である16)。
@あなたは、自分の酒量を減らさねばならないと感じたことがありますか。(Cut−down)@はKASTの項目4の「適量で止めようと思っても‥‥‥」に近い質問であり、AはKASTの項目3の「周囲の人からの非難」と同じである。BはKASTの項目2「せめて今日だけは飲むまいと思っても」の背景にGuiltyがある点で両者は共通性があると考えられる。従って、CAGEの質問@、A、BはKASTの項目4、3、2に近い質問で、「いいえ」と答える者の多い項目1を除いてKASTの上位に並ぶ質問である。しかしCはKASTの項目6の「休日の朝酒」に近い。本研究の結果からは、女性では、結果のところで述べたように、この項目については否定する頻度が高いので、日本女性のアルコール依存症のスクリーニング項目としては適さないと考えられる。
Aあなたは、誰か他の人に自分の飲酒について批判され困ったことがありますか。(Annoyed by criticism)
Bあなたは、自分の飲酒についてよくないと感じたり、罪悪感を持ったことがありますか。(Guilty)
Cあなたは、神経を落ちつかせるため、または2日酔いを治すために朝まっさきに飲酒したことがありますか。(Eye−Opener)
すべて いいえ |
>1項目 は い |
>2項目 は い |
>3項目 は い |
>4項目 は い | |
重篤問題飲酒1)+ アルコール依存症2) |
0人 (0%) |
33人 (100%) |
30人 (91%) |
21人 (64%) |
14人3) (42%) |
実際に重篤問題飲酒群、アルコール依存症群の33名について、これら4項目への応答を調べてみた結果が表3である。すべての者は少なくとも1項目に「はい」と答えており、2項目以上で91%、3項目以上で64%、4項目すべてで42%の「アルコール依存症の潜在的予備軍」が検出できることになる。またアルコール依存症群の約80%が4項目すべてに「はい」と答えていた。
アルコール依存症者では一般的に離脱(断酒)期以前に、入眠障害と中途覚醒による不眠に悩むことが多い18)。また女性は更年期の時期以降、不眠を気にすることが多いものである。医師も不眠解消のため寝酒をすすめることがあるのは注意を要するし、女性アルコール依存症のスクリーニングに寝酒についての項目を取り入れるのは適切かつ必要だと考えられる。
少ない人数ではあるが、内科外来におけるアルコール依存症の予備軍について早期治療を試みたが、その効果は非常に少ないといわざるを得なかった。
波田は、日本の(男性の)飲酒への寛容性と、規範からの逸脱への非難という二重基準は、女性アルコール依存症に対して男性に比してより大きな非難を受けやすくしていると分析している。著者らも、アルコール依存症についての認識がまだ社会的に低いことに加えて、女性のアルコール依存症が男性のそれとはその性質が異なっていることへの認識はさらに低く、これが女性アルコール依存症の否認をもたらしやすくし、本質的な治療を受けにくくしているとの印象を持っている。しかし他方で女性は内科などの一般科への受診について、男性よりも気軽に受診する傾向があり、効果はともかく、内科など一般科におけるスクリーニングの重要性は大きいと考えられる。
酒の価格破壊や女性の飲酒に対する男性なみの許容性はさらに進む可能性もあり、本研究における30歳台にある女性の軽症問題飲酒群のピークは大きく、女性アルコール依存症の数の推移は、今後第二の増加期をむかえる可能性があると思われる。
X.ま と め
1)内科外来には、20歳台、30歳台女性の軽症問題飲酒患者が多い。
2)40歳台では、女性の問題飲酒者の受診数は比較的少ない。
4)50歳台により重症なグループが内科を受診し、その症状は神経症・うつ症・不眠症が多く、アルコール関連の身体疾患は少ない。特に肝臓障害などでアルコール依存症の潜在的予備軍をスクリーニングすることははとんどできない。
5)内科外来、あるいは健康診断などで、女性アルコール依存症の予備軍をスクリーニングするには、飲酒習慣のある者に、KASTの項目2、3、4、11を答えてもらうのが簡単で鋭敏な方法であると考えられた。内科外来では1項目以上「はい」と答えた者で検出できないアルコール依存症の予備軍はほとんどなく、4項目「はい」と答えればアルコール依存症である可能性がかなり高いと考えられた。
引 用 文 献
1996年10月8日受理
Study on the female patients with alcohol dependency
syndrome in a medical clinlc ─ an approach to the
early detection based on their clinical fatures ─
1)宮千代加藤内科医院(〒983仙台市宮城野区宮千代1丁目2-9)
2)東北大学医療技術短期大学部
3)東北大学理学部
4)仙台市、東北会病院
Junji Khato : Miyachiyo Khato Medical Clinic.
Miyachiyo 1-2-9, Miyaginoku, Sendai City, 983 JAPAN
宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ