フッ化物配合歯磨き剤を使っていれば
フッ化物洗口の有効性は殆どない

 
〜 集団フッ化物洗口の有効性について 〜
 
(作成:2004年11月30日/改訂:2004年12月10日)


補足:日本フッ素研究会、消費者団体など、11団体等が連名した意見資料を作成しました

1.序 論

 2003年1月、厚生労働省は各都道府県知事に対し「フッ化物洗口ガイドラインについて」1)(以下「ガイドライン」)を配布し、4歳から14歳を対象とする集団でのフッ化物洗口を推奨しました。
 
 このガイドラインには下記のような説明があります。

 フッ化物洗口法は、自らケアするという点では自己応用法(セルフ・ケア)であるが、その高いう蝕予防効果や安全性、さらに高い費用便益率(Cost-Benefit Ratio)等、優れた公衆衛生的特性を示している。

 「高いう蝕予防効果」とは一体どの程度のう蝕予防効果なのでしょうか。このガイドラインには「フッ化物応用に関する、より詳細な情報については、厚生労働科学研究『フッ化物応用に関する総合的研究』班が作成した『う蝕予防のためのフッ化物洗口実施マニュアル』を参照されたい」とあります。そこで、同研究班の「う蝕予防のためのフッ化物洗口実施マニュアル」2)の有効性に関する記述を見てみます。

フッ化物洗口法のう蝕予防効果(マニュアルp10-11)
 
報告者 発表
年度
文献
No.
フッ
化物
種類
フッ化物
イオン
濃度(ppm)
洗口
頻度
開始
年齢
(歳)
洗口
期間
う蝕予防効果
INDEX.予防率(評価の特徴)
磯崎 1984 6 APF 500 5/W 6 1-5Y DMFT:39.9-53.5%(小学6年生)
福田ら 1981 7 NaF 900 1/W 4 22M DMFT:66.6%(第一大臼歯)
筒井ら 1987 8 NaF 4-11Y:225
12-14Y:900
5/W
1/W
4 2-10Y DMFT:69.4%(小・中学生全体)
境ら 1988 9 NaF 4-5Y:225
6-14Y:900
5/W
1/W
4 2-7Y DMFT:79%(小・中学生全体)
郡司島 1997 10 NaF 225 5/W 18-31 2Y DMFT:38.2% DMFS:47.5%
稲葉ら 1989 11 NaF 500 5/W 6 6Y DMFT:32.5%(中学3年生:洗口終了後2Y)
磯崎ら 2000 12 APF 500
4-11Y:225
5/W
5/W
6 6Y DMFT:28.9%(20歳男:洗口終了後8Y)
     33.7%(20歳女:洗口終了後8Y)
岸ら 1992 13 NaF 12-14Y:900 1/W 4 11Y DMFT:53.6%(20歳:洗口終了後6Y)

上記「文献No.」に対応する文献
 
6) 磯崎篤則:学校歯科保健活動へのフッ化物局所応用法導入による齲蝕予防効果に関する研究, 口腔衛生会誌, 31:80-114, 1984.
7) 福田 潔, 大塚政公, 森田知典, 中村修一:フッ素洗口の効果−幼稚園児の第一大臼歯について−, 口腔衛生会誌, 31:291, 1981.
8) 筒井昭仁, 堀井欣一, 小林清吾, 姫野達雄:フッ化物洗口法を中心とした地域歯科保健管理の成果, 口腔衛生会誌, 37:697-703, 1987.
9) 境 脩, 筒井昭仁, 佐久間汐子, 瀧口 徹, 八木 稔, 小林清吾, 堀井欣一:小学児童におけるフッ化物洗口法による17年間の齲蝕予防効果, 口腔衛生会誌, 38:116-126, 1988.
10) 郡司島由香:成人におけるフッ化物応用による齲蝕予防効果, 口腔衛生会誌, 47:281-291, 1997.
11) 稲葉大輔, 片岡 剛:フッ化物洗口終了後の齲蝕罹患−歯種別ならびにフッ化物作用期間別の評価−, 口腔衛生会誌, 39:693-697, 1989.
12) 磯崎篤則, 可児徳子, 新谷裕久, 大橋たみえ, 石津恵津子, 廣瀬晃子, 徳本龍弘, 可児瑞夫:小学校におけるフッ化物局所応用プログラムの20歳時における齲蝕予防効果の持続性, 岐歯学誌, 27:78-84,2000.
13) 岸 洋志, 小林清吾:20歳成人の小児期齲蝕予防管理の成果, 口腔衛生会誌, 42:359-370, 1992.


 上記の表に続き、「う蝕予防効果」として下記の説明が続きます。

【3】フッ化物洗口のう蝕予防効果
 
 う蝕予防効果は洗口開始年齢と実施期間が類似していれば、洗口液のフッ化物濃度、洗口頻度が異なってもほぼ同程度であり、全体的にはDMFT(一人平均う蝕歯数)またはDMFS(一人平均う蝕歯面数)の評価で30〜80%の値が得られている。



2.う蝕予防効果の算出方法

 これまでわが国では、フッ化物洗口の有効性を算出する方法として以下の2つの計算法を主に採用してきました。

 「フッ化物洗口前後比較(before-and-after study)」

「フッ素洗口前後比較(before-and-after study)」:予防率=(フッ化物洗口実施前のDMFT−実施後のDMFT)÷実施前のDMFT×100(%)

 「フッ化物洗口未実施校と実施校の比較」

「フッ素洗口未実施校と実施校の比較」:予防率=(フッ化物洗口未実施校のDMFT−実施校のDMFT)÷未実施校のDMFT×100(%)


 しかし、単純にこのような有効性の算出方法を採用して「フッ化物洗口の有効性」を求めたとしても、科学的に厳密な方法とは言えません。

3.「3た主義」、「3た論法」

 「3た論法」(3た主義)とは、医薬品の非科学的な有効性の評価方法を批判する文献などで頻繁に取り上げられる3段論法のことで、これは、薬を「使っ」ら病気が「治っ」、だから薬が「効い」という論法のことです。病気は自然の経過でも良くなることがあり(自然回復)、薬以外の要因によっても病気は改善したり、治ったりします。だから、薬を使ったら「病気が治った」としても、「薬が効いた」根拠にはなりません3)。予防法についても同様のことが言えます。

 2003年12月14日、佐賀新聞に「フッ素、正しい情報を見分けよう!」と題した歯科保健シンポジウムの内容を紹介した記事4)が掲載されました。この記事中に下記の図表が掲載されました。

記事中に掲載されている佐賀県杵島郡有明町立有明西小学校のデータ。「有明西小学校では、平成4年からフッ素洗口を実施しています。1人平均むし歯数は、約半分になりました。」とある。

 「有明西小学校では、平成4年からフッ素洗口を実施しています。1人平均むし歯数は、約半分になりました。」とあり、大きな効果があるとの印象を受けますが、下記のデータも併せてご覧下さい。

データ 有明西小:6年生
(11〜12歳)
学校保健統計調査:12歳児
(文科省の全国データ)
比較データ 4.19(平成4年)

2.11(平成14年)
4.17(平成4年)

2.28(平成14年)
4.09(平成5年)

2.09(平成15年)
10年後の結果 50.4%に減少 54.7%に減少 51.1%に減少


 検診時の年齢や検診の時期等が異なる事が推測されるので、有明西小学校の6年生と12歳児の全国データを単純に比較することは出来ませんが、有明西小学校の6年生をフッ化物洗口実施前後の10年間で比較して「半減した」といっても、同じ時期にフッ化物洗口実施者の割合が非常に低い12歳児の全国データでも「半減」しているのです。掲載されている有明西小のデータから受ける印象、つまり「フッ化物洗口の効果」によって「むし歯が半減する」という過大な期待を持つような、単純な理解をしてはいけません。
 
 医薬品や医療的介入の有効性評価については、厳密な科学的手法があります。上記の有明西小学校のデータは典型的な「3た論法」で、「う蝕予防のためのフッ化物洗口実施マニュアル」に掲載されている研究論文も「フッ化物洗口法のう蝕予防効果」を算出する方法としては厳密な科学的手法には基づいていません。

4.科学的に厳密な有効性評価方法

 フッ化物洗口などの有効性評価方法について、元東京大学医学部講師で、薬害や公害問題に取り組まれ、2004年11月3日亡くなられた高橋晄正先生は、「むし歯の予防とフッ素の安全性」(1982年刊)5)で下記のように書いています。

 第3章 フッ素の局所的利用
 
 1.フッ素の局所効果の研究方法
 
 1)歯学の研究における方法論の進歩
 
 (中略)
 
 フッ素の局所利用の効果判定には,研究のやり方のうえで指摘しておかなければならない重要な問題がいくつか存在する.
 
 これから述べる薬効評価のための実験計画上の原則は,医学の世界では終戦直後の1948年からイギリスに始まって全世界に広がったものであるが,歯学の世界では20年ほど遅れて1968年にアメリカ歯科医学会ではじめて論議され,1971年にFDI(注:国際歯科連盟)ではじめてこれを採択したものである.1968年以後の世界の歯科関係の専門誌には,これを無視した論文は掲載されなくなっている.
 
 WHOが第22回総会で水道水フッ素化によるむし歯予防の勧告を採択したのが1969年で,それを契機として新潟大学予防歯科を中心としてフッ素洗口実験がおこなわれるようになった1970年には,アメリカ歯科医師会のシンポジウムの記録はまだ刊行されておらず,FDIがこれと同じ内容のものを採択したのは1971年のメキシコ大会においてであった.しかし,このFDIの決議は英文の歯科専門誌に発表されていたにもかかわらず,ほとんど英米圏の論文には引用されておらず,私が1978年に西ドイツの論文に引用されているのを発見して紹介したのがわが国ではじめてであるように思う.
 
 しかしながら,フッ素入り歯みがき剤の実験では早くも1965年から,そしてフッ素塗布と洗口では1971年から,新しい実験計画法の原理に従った研究が世界の歯学界に根をおろしはじめていた──世界の医学界への動きに20年近く遅れをとってではあったが──.
 
 わが国の医学界が世界のそれに十数年の遅れをとってグロンサン,アリナミンなどの保健薬の大流行をさせていた以上に,わが国の歯学界はこうした科学的方法論において遅れていたが,1970年以後のフッ素入り歯みがきの研究においてそうした方法論に立脚した論文が3編,フッ素洗口の研究論文が1編(やや不完全な点を残しながら)発表されている.

 2)フッ素の局所効果研究計画の原則
 
 a.心理的影響を避ける方法
 
 実験をする研究者は,素晴らしい結果を期待するために,また実験をされる被検者はそれなりに,そのことによって心理的影響を受ける.それを避ける工夫をせずに真実を知ることはできない.
 
 むし歯予防のためにフッ素洗口または塗布をうけることになった学校Aの子どもたちは,まったくそういうことのなかった隣町の学校Bの子どもたちよりも,口腔衛生についてより多く意識をもつようになるのは当然であろう.したがって,ある期間の後にA校でのむし歯増加率と,隣町のB枚でのを比較しても,その差は簡単にはフッ素効果によるものとはいいがたい.
 
 また,歯科医による検診のときに,目の前にいる子がフッ素を使用している子かそうでない子かを知っていると,検診結果にその歯科医のフッ素にたいする期待効果が反映する可能性があるのでよくないのである.
 
 そのために,のちに述べるように,研究対象となる子どもたちの半数にはフッ素と見分けのつかないニセグスリを本人には知らせずに与えておき(第1の目かくし),また検診をする歯科医に目の前にいる子どもがフッ素群(試験群)に属するかニセグスリ群(対照群)に属するかを知らせずにおく(第2の目かくし).これを合わせて“二重目かくし”(double blindhold)というのである.
 
 もちろん,実験期間中にフッ素使用後に口内炎とか腹痛とか下痢とかが起こって,フッ素使用との関係が疑われるときには,暗号表を開いてその子どもを研究対象から外さなければならない.

 b.環境変化の影響を除く方法
 
 フッ素の局所利用の効果を知ろうとする実験は少なくとも1年,長ければ数年にわたるのが普通であるが,その間に砂糖の消費量が変わり,口腔衛生思想が向上するというような生活環境・社会環境の大きなうねりが研究の場に起こる可能性がある.そうしたことのために,“見かけ上の有効性”のために判断を誤らないようにするための工夫が必要である.
 
 そのために,研究に協力するという意志表示をした人たちを“公平に”(番号の奇数・偶数,くじ引き,サイコロ,乱数表などで)2群に割りつけをおこない(random allocation),一方にはフッ素を,他方には味や臭いでそれと区別しにくいニセグスリを割り当て,実験終了後,両群の間に偶然とは考えにくい大きな差が認められるか否かによってフッ素効果を認識することが必要である.これを比較対照試験(controlled study)という.
 
 ここに述べた実験計画上の要請はきわめて厳しいものであって,各種のフッ素洗口,フッ素塗布,フッ素入り歯みがきなどの効果の比較をしたスウェーデンのトレルら(1965)のように,何もしない無処置群とフッ素化群を比較したり,また毎日法,週1回法,2週1回法をお互いに比較したりしている場合があるが,それらの研究はバランスのとれた比較対照試験という概念には入らないのである.



 また、「ランダム化臨床試験」について、「『3た主義』が治療を歪めた」6)の中で以下のように説明しています。

 II.ランダム化臨床試験(RCT)

 イギリスの RA Fisher (1890〜1962) は,多数の管理不能な変動因が関与する生物学領域で,たくみにランダム化を利用しながら仮説検定を行う方法(推測統計学)を創出した.


 
図1 「2重めかくし」法での薬効検定の講理構造(高橋)

 いま行われている薬効検定は,図1に示すように,対象とする患者群を公平に (at ramdom) 二分して試験群・対照群とし,試験者・被検者ともにどの個体がどちらの処置を受けているかを知り得ないようにした条件下で観察を行うことである.この方法は,二重目かくし法(二重盲検法,double blind-controlled study)とも言われた.
 
 図1に示してある両群の改善度の要因構造からして,両群の改善度の差凾求めると,両群での自然回復効果・心理効果がキャンセルされて,薬効(ゼロの場合を含めて)と残差(ランダム・エラー)だけの要因構造となり,薬効がゼロでないと言えるかどうかの検定が誤差論を利用してできることになる.

※ 図1は一部表記・配置を改めた。



 科学的に厳密な薬効評価方法については、さらに細かなルールがありますが、大まかな原理原則としては、上記の「ランダム化(無作為化)」と「盲検(目隠し)法」を採用することが重要で、そのような手法を採用しない比較対照研究は「質の悪い研究」という事になります。

5.科学的に厳密なフッ化物洗口の効果

5−1.コクラン共同計画(The Cochrane Collaboration)7)

 コクラン共同計画の「コクラン」とは英国の医師・疫学者アーチボルド・コクラン(Archibald Cochrane, 1909-1988)に由来します。彼は「専門領域(speciality)あるいは細分化された専門的診療領域(subspeciality)において、適切なランダム化比較対照試験(RCT)のみによる、定期的に更新される決定的なサマリー(critical summary)を未だに編纂し得てない事について、我々医学界(our profession)は全く批判されるべきである」と述べています。これは、ある医学的領域について、科学的に厳密な方法によって行われた研究のみを収集し、データをまとめて総合評価して最も信頼性の高い結論を導き出し、さらに科学の進歩に対応して定期的にその結論を更新する必要性を述べたものです。
 
 ある一定の水準を満たした研究を網羅的に収集し、統計的に処理して総合評価した論文をシステマティック・レビューと言いますが、彼の考えの影響を受けて、1992年、イギリスの国民保健サービス(National Health Service)の支援で、ランダム化比較試験(RCT)を採用したシステマティック・レビューの事前計画(プロトコル)およびレビュー自体の更新を整備・促進するために、英国コクラン・センターが設立されました。そして翌1993年に国際的なプロジェクトとして始まったのがコクラン共同計画です。この共同計画は、医療評価プロジェクトとして独立・非営利で活動し、現在、このプロジェクトの趣旨に賛同する人々により、世界17ヶ国ほどにコクラン・センターや支部などが設立されています。
 
 コクラン共同計画は、複数のデータベースからなるコクラン・ライブラリーを四半期毎に、インターネット上やCD-ROMによって公開しています。このコクラン・ライブラリーの主なデータベースがコクラン・システマティック・レビュー・データベース(CDSR)で、新たな知見、批判などを検討してレビューの収載、改訂、削除を行っています。2004年の Issue 4 では、2170のレビューと1500のプロトコルが収められています。
 
 現在、このコクラン共同計画の各種システマティックレビューは、科学的に厳密な手法を採用していることから、世界的に高い評価を受けています。このコクランレビューの中に、各種フッ化物応用法に関するレビューが含まれています。

5−2.フッ化物洗口の有効性について

 コクラン・レビューでフッ化物洗口の有効性を取り上げたものとしては「青少年におけるう蝕予防のためのフッ化物洗口」8)があります。このレビューの最新の改訂は2003年5月で、現時点で2004年のコクランライブラリーの Issue 4 に含まれています。
 
 36研究が採用され、34研究のデータがメタ分析[注1]の対象(約14,600人)となりました。論文の採否については、「16歳までの子供達を対象とした、少なくとも1年以上の、フッ化物洗口群と、偽薬群(プラセボ群)または無処置群とを比較した、検査者の目隠しが行われた、ランダム化または準ランダム化比較対照試験」[注2]という基準が示されています。しかし実施期間は、多くは3年以内であり、被験者全体の35%が脱落しており、論文の結論データの非均質性(heterogeneity [注3])は有意に存在したと言います。採用された研究において、被験者と検査者の二重目隠しが全てでは採用されておらず、プラセボを使用しなかった研究もありました。なお、採用された日本語の論文は一つもありません。 結論として、フッ化物洗口は対照群と比較して、う蝕歯面数(DMFS [注4])で有効性(予防割合:prevented fraction)は、26%(95%信頼区間 [注5]、23〜30%;p<0.0001[注6])の効果であったとしています。

[注1] メタ分析(メタアナリシス/meta-analysis):同じ研究テーマについて実施された過去の多くの研究をひとまとめにして再解析する研究手法のこと。
[注2] Randomized or quasi-randomised controlled trials with blind outcome assessment, comparing fluoride mouthrinse with placebo or no treatment in children up to 16 years during at least 1 year.
[注3] 非均質性(heterogeneity):非均質性の対語は均質性(homogeneity)で、均質性とは、「似ていること」を指す。もし研究の結果が偶然で説明できる範囲内で似たものであれば、均質であると言われる。従って非均質性とは、研究の結果が偶然では説明できないような範囲に広がっていることを示す。
[注4] DMFS:永久歯の虫歯の指標となる「う蝕歯面数」のこと。D は Decayed(未処置う蝕)、M は Missing(喪失)、F は Filled(処置済)、S は Teeth Surface(歯面)の略。DMFS 指数は、被験者中の DMF 歯面数の合計を被検者数で割った数。切歯(8本)と犬歯(4本)は各4面、臼歯(16本)は各5面として計算する。一方、DMFT指数は被験者中のDMF歯数の合計を被験者数で割った数。T は Teeth(歯の数)の略。乳歯の場合は dmfs あるいは dmft で表す。
[注5] 95%信頼区間:信頼区間とは、真実の効果があると予測される範囲。その範囲内に真の効果のある確率を併記して示される。通常は「95%の信頼区間」(あるいは「95%の信頼限界」)を用いる。その範囲内に95%の確率で真の値を含んでいるだろうと予測される。
[注6] p(p値/probability value):統計学的検定の有意性を示すための確率値。p値が小さければ小さいほど、結果の解釈を誤る可能性が低くなる。一般的に、5%未満(p<0.05)である場合に統計学的に意味のある差があると見なされる。


5−3.日本におけるフッ化物配合歯磨剤の普及状況を考慮する必要性

 注意しなければならないことは、コクラン・レビュー「青少年におけるう蝕予防のためのフッ化物洗口」で示されたフッ化物洗口の有効性は、他のフッ化物応用法の影響を排除した、フッ化物洗口「単独」の有効性であることです。このコクラン・レビューでは、論文の採用基準として「フッ化物洗口の他に、例えば、他のフッ化物応用法、シーラント、口腔衛生指導など、う蝕予防のための手段や処置を付加した研究は除外された」とあります。つまり、このコクラン・レビューによるフッ化物洗口の有効性は、例えばフッ化物配合歯磨剤など、他のフッ化物応用法を用いない場合の有効性という事になります[注7]
 
 現在、日本におけるフッ化物配合歯磨剤の市場占有率は著しく増加し、2002年には86%9)に達しています。集団的にフッ化物洗口を実施する場合に、フッ化物配合歯磨剤を使用した歯磨きをしなくても良いとは指導されませんので、多くの人々にとっては、フッ化物配合歯磨剤とフッ化物洗口を併用した場合の有効性を享受することになります。


 フッ化物配合歯磨剤とフッ化物洗口を併用した場合のフッ化物洗口の有効性は、「フッ化物配合歯磨剤とフッ化物洗口を併用した場合」と「フッ化物配合歯磨剤を単独で使用した場合」の有効性を比較して求めることが出来ます。この併用した場合のフッ化物洗口の有効性については、「青少年におけるう蝕予防のための、フッ化物局所応用(歯磨剤、洗口剤、ゲル[注8]、バーニッシュ[注9])の併用と、単独のフッ化物局所応用の比較」10)と題したコクラン・レビューにあります。

[注7] Studies where the intervention consisted of any other caries preventive agent or procedure (e.g. other fluoride-based measures, chlorhexidine, sealants, oral hygiene interventions, xylitol chewing gums, glass ionomers) used in addition to fluoride rinse were excluded.
[注8] ゲル(fluoride gels):ゲル状の歯面塗布剤のこと。2%フッ化ナトリウム(=9,000ppmF)など、おおよそフッ化物イオンとして 5,000ppm 〜 12,000ppm の濃度のものが多いようであり、一般的には歯科医師ら専門家が処置する。
[注9] バーニッシュ(fluoride varnishes):バーニッシュは歯面塗布剤の一種で、ごく少量を歯の表面を塗装するように塗布し、皮膜を形成させる。多くがフッ化物イオンとして 22,700ppmF と高濃度である。歯科医師ら専門家が処置する。


5−4.フッ化物配合歯磨剤と併用した場合のフッ化物洗口の有効性

 フッ化物洗口をフッ化物配合歯磨きと併用した場合の有効性を検討したコクラン・レビューとしては「青少年におけるう蝕予防のための、フッ化物局所応用(歯磨剤、洗口剤、ゲル、バーニッシュ)の併用と、単独のフッ化物局所応用の比較」10)と題したものがあり、最新の改訂は2003年11月、現在、2004年のコクランライブラリーの Issue 4 に含まれています。
 
 レビューを行った「背景(BACKGROUND)」には、「フッ化物洗口を集中的に用いる学校における集団的う蝕予防プログラムは、う蝕有病率が低い状況で費用対効果の面で疑念が生じたことから多くの先進諸国で中止され、ハイリスクの児童に対する選択的フッ化物応用処置に取って代わっている」と述べられています。そして、「フッ化物配合歯磨剤が広く普及したので、もしフッ化物配合歯磨剤と他のフッ化物応用法を併用した場合に大した有効性の増加が無いならば、フッ化物配合歯磨剤と併用される形の歯科医師や個人によって行われるフッ化物応用法には正当性が無くなる」と述べられ、「フッ化物配合歯磨剤の日常的な使用から得られるう蝕予防効果の他に、歯科医師によるフッ化物応用処置、あるいはフッ化物洗口プログラムからどの程度追加的なう蝕予防効果が得られるのか、未だに答えが得られておらず、非常に重要な事なので正式に調査する必要がある」と述べられています。
 
 このコクランレビューでは、フッ化物局所応用を併用した効果と単独で使用した効果が比較されており、合計9種類の組み合わせが検討されました。このなかでフッ化物洗口の歯磨剤との併用が歯磨剤単独と比較されています。この組み合わせのメタ分析には5つの研究報告のデータ(2,738人)が用いられました。報告はすべて1987年までに発表されたものです。フッ化物洗口とフッ化物配合歯磨剤を併用した場合のう蝕予防効果は、フッ化物配合歯磨剤を単独で使用した場合と比較して、7%(95%信頼区間、0〜13%, p=0.06)の、有意性の無い「う蝕予防割合」が認められ、非均質性は認められませんでした。
 
 レビュー作成者らは結論として、フッ化物配合歯磨剤を「単独」で使用した場合に比べて、フッ化物配合歯磨剤にフッ化物洗口、ゲル、バーニッシュをそれぞれ「併用」させても、平均10%のう蝕予防割合しか無く、併用時に付加されるう蝕予防効果が小さく、また、いずれの研究報告も併用時の有害作用(副作用)を検討していないので、フッ化物配合歯磨剤の他に局所的フッ化物応用法を明確に推奨することはできない、と述べています。
 
 なお、このコクランレビューに採用された日本語の論文も一つもありません。


6.結論

 2004年のコクランライブラリー Issue 4 に収載された2つのコクラン・システマティック・レビューによれば、科学的に信頼性の高いフッ化物洗口の有効性評価としては、他のフッ化物応用法等を排除した、フッ化物洗口「単独」のう蝕予防効果はおよそ26%、フッ化物配合歯磨剤と併用した場合には、フッ化物配合歯磨剤「単独」のう蝕予防効果よりも有意性のない7%がフッ化物洗口の付加的予防割合ということになり、この後者の評価がフッ化物配合歯磨剤の市場占有率が90%近いわが国のフッ化物洗口の効果になると推定されます。

 結論として、フッ化物配合歯磨剤の市場占有率が90%近いわが国でフッ化物洗口を実施することは、意味が無いと結論づけることができると思われます。
 
 2003年1月に「ガイドライン」が通達されて、同年8月に薬害オンブズパースン会議は「フッ化物洗口の集団適用に関する意見書」11)の中で「フッ素洗口の有効性評価には、洗口と同時に行われる歯科衛生指導の効果が加わっている可能性がある。フッ素洗口の虫歯予防効果は実際以上に過大視されている可能性が高い。」と指摘しています。それにも関わらず、全国各地の教育施設で集団的フッ化物洗口事業が推進され、日本のフッ化物応用推進派の中心的団体であるNPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議12)によれば、2004年の調査で約40万人の児童生徒が保育園、幼稚園、小中学校等でフッ化物洗口をしています。
 
 強引に反対論を押さえ込み、有効性の低いフッ化物洗口事業を推進した関係者、特に科学的信頼性の低いデータを提供し続けてきた一部の学者や歯科医師、行政関係者らには、非常に大きな責任があると思います。

 ■参考資料

1) 厚生労働省医政局長・健康局長「フッ化物洗口ガイドラインについて」(医政発第0114002号, 健発第0114006号), 2003年1月14日.
2) 厚生科学研究(現、厚生労働科学研究)「フッ化物応用に関する総合的研究(H12-医療-003)」班編「う蝕予防のためのフッ化物洗口実施マニュアル」,平成14年11月.
3) 浜六郎「薬害はなぜなくならないか」, (株)日本評論社, 1996年.
4) 佐賀新聞(2003年12月14日), 企画特集記事:佐賀県・佐賀県歯科医師会.
5) 高橋晄正「むし歯の予防とフッ素の安全性」,薬を監視する国民運動の会, 1982年.
6) 高橋晄正「『3た主義』が治療を歪めた」, 総合臨床, Vol.49, No.1, 2001年1月.
7) The Cochrane Collaboration(URL=http://www.cochrane.org/
8) 「青少年におけるう蝕予防のためのフッ化物洗口」:Marinho VCC, Higgins JPT, Logan S, Sheiham A. Fluoride mouthrinses for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2003, Issue 3. Art. No.: CD002284. DOI: 10.1002/14651858.CD002284.(Abstract
9) (財)ライオン歯科衛生研究所.
10) 「青少年におけるう蝕予防のための、フッ化物局所応用(歯磨剤、洗口剤、ゲル、バーニッシュ)の併用と、単独のフッ化物局所応用の比較」:Marinho VCC, Higgins JPT, Sheiham A, Logan S. Combinations of topical fluoride (toothpastes, mouthrinses, gels, varnishes) versus single topical fluoride for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004, Issue 1. Art. No.: CD002781. DOI: 10.1002/14651858.CD002781.pub2.(Abstract
11) 薬害オンブズパースン会議「フッ化物洗口の集団適用に関する意見書」,2003年8月4日.
12) NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議(URL=http://www8.ocn.ne.jp/~nichif/





■参考

 参考までに、コクランライブラリーに収載されている主なフッ化物応用法に関するシステマティック・レビューのアブストラクトを紹介します。なお、リンク、文献等に関する情報は2004年11月末現在のものです。コクランライブラリーは更新されますので、引用等をする場合には、最新のものをご参照下さい。

The Cochrane Collaboration
Marinho VCC, Higgins JPT, Logan S, Sheiham A. Fluoride toothpastes for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2003, Issue 1. Art. No.: CD002278. DOI: 10.1002/14651858.CD002278.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002278/frame.html
Marinho VCC, Higgins JPT, Logan S, Sheiham A. Fluoride mouthrinses for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2003, Issue 3. Art. No.: CD002284. DOI: 10.1002/14651858.CD002284.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002284/frame.html
Marinho VCC, Higgins JPT, Logan S, Sheiham A. Fluoride gels for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2002, Issue 1. Art. No.: CD002280. DOI: 10.1002/14651858.CD002280.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002280/frame.html
Marinho VCC, Higgins JPT, Logan S, Sheiham A. Fluoride varnishes for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2002, Issue 1. Art. No.: CD002279. DOI: 10.1002/14651858.CD002279.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002279/frame.html
Marinho VCC, Higgins JPT, Sheiham A, Logan S. Combinations of topical fluoride (toothpastes, mouthrinses, gels, varnishes) versus single topical fluoride for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004, Issue 1. Art. No.: CD002781. DOI: 10.1002/14651858.CD002781.pub2.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002781/frame.html
Marinho VCC, Higgins JPT, Sheiham A, Logan S. One topical fluoride (toothpastes, or mouthrinses, or gels, or varnishes) versus another for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004, Issue 1. Art. No.: CD002780. DOI: 10.1002/14651858.CD002780.pub2.
http://www.mrw.interscience.wiley.com/cochrane/clsysrev/articles/CD002780/frame.html





◆余談

 以下は余談です。感想などを記しておきたいと思います。

1.なぜ推進派はコクランレビューの科学的評価を広報しないのか?

 わが国でフッ化物洗口を実施する場合の有効性については、フッ化物配合歯磨剤の普及状況を考慮しなければならず、このことについては、「青少年におけるう蝕予防のための、フッ化物局所応用(歯磨剤、洗口剤、ゲル、バーニッシュ)の併用と、単独のフッ化物局所応用の比較」1)と題したコクランレビューがあると書きました。重要な事は、このレビューが2004年のコクランレビュー Issue 1 に収載されている点です。
 
 2004年に入って、このレビューが公表されてから、全国でフッ化物洗口導入に際して行われた説明会などで一体どの程度、この新たな知見について説明されたのでしょうか?
 
 少なくとも厚生労働科学研究「フッ化物応用に関する総合的研究」班の研究者たちは以下の通り、研究班のホームページ2)で「コクランレビュー」について言及していますので、2004年のコクランレビュー Issue 1 が発表されて以降は知っていたはずです。


 
2004年10月末には閉鎖されていた研究班のホームページ2)
 
(赤く囲った部分:コクランレビューに言及している部分を当方で拡大した)


 また、2003年8月4日付で薬害オンブズパースン会議は「フッ化物洗口の集団応用に関する意見書」3)を厚生労働省ほかに提出しましたが、この意見書に対する事実上の反論4)が厚生労働科学研究主任研究者・高江洲義矩氏と日本口腔衛生学会理事長・中垣晴男氏の連名で2003年11月5日付で作成されています。
 
 この反論の中で、「2003年5月に発表されたコクランレビュー(システマティックレビュー)では・・・」と、他のフッ化物応用法を排除したフッ化物洗口「単独」の有効性について取り上げたコクランレビューに言及しています。わが国のフッ化物配合歯磨剤の普及状況を勘案すると、反論中のコクランレビューはわが国でフッ化物洗口を実施した場合の有効性を考える上で不適切ではありますが、少なくともフッ化物洗口に「30〜80%」ものう蝕予防効果が無い事は知っていたはずです。

 2004年11月末現在、わが国のフッ化物応用推進派の中心的団体であるNPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議のホームページ5)では、上記の薬害オンブズパースン会議「意見書」の反論中にあるコクランレビューへの言及以外に、これまで推進派が広報してきた有効性よりも大幅に有効性が低いという事実を広報していません。
 
 フッ化物応用推進に都合の良い情報であろうとも、科学的真実に則した情報提供に務めて貰いたいものです。

2.重大な責任

 推進派の学者や歯科医師らに勧められるままに無批判にフッ化物洗口を導入した行政も問題ですが、この推進派の学者や歯科医師らの責任は重大だと思われます。既に大きな有効性があると信じて全国で40万人もの児童生徒が実際に教育現場でフッ化物洗口をしています。
 
 今後、フッ化物洗口の導入を検討していた自治体・教育施設や、現にフッ化物洗口を実施している教育現場では、中止される動きが加速すると思われますが、単に止めれば済むという手続きに終わらせず、何故このような施策が導入されたのか、検証する必要があると思います。全国各地でフッ化物洗口を導入するか否かで様々な問題が起こりましたが、強引に推進した、特に悪質な関係者については、何らかの責任を取らせるべきだと思います。
 
 また、もしフッ化物洗口等の導入に反対して職場等で不当な扱いを受けた関係者がいたならば、彼らの名誉や処分等についても回復する必要があります。

 ◆余談:参考資料

1) 「青少年におけるう蝕予防のための、フッ化物局所応用(歯磨剤、洗口剤、ゲル、バーニッシュ)の併用と、単独のフッ化物局所応用の比較」:Marinho VCC, Higgins JPT, Sheiham A, Logan S. Combinations of topical fluoride (toothpastes, mouthrinses, gels, varnishes) versus single topical fluoride for preventing dental caries in children and adolescents. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004, Issue 1. Art. No.: CD002781. DOI: 10.1002/14651858.CD002781.pub2.(Abstract
2) 「健康とフッ化物応用に関する情報シリーズ」平成12-14年度厚生科学研究「フッ化物応用に関する総合的研究」班編集. (2004年11月末現在、閉鎖されているが、URL=http://www.ffrg.org/ で公開されていた。)
3) 薬害オンブズパースン会議「フッ化物洗口の集団適用に関する意見書」, 2003年8月4日.(情報はこちら.)
4) 厚生労働科学研究(H15-医療-020)主任研究者・高江洲義矩, 日本口腔衛生学会理事長・中垣晴男「薬害オンブズパースン会議『フッ化物洗口の集団適応に関する意見書』に関する見解」および「薬害オンブズパースン会議『フッ化物洗口の集団適用に関する意見書』の問題点とその解説」, 2003年11月5日.(本文はこちら.)
5) NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議(URL=http://www8.ocn.ne.jp/~nichif/

 




 本稿について間違いの指摘・ご意見・ご感想など頂けましたなら幸いです。
 
加藤純二


 

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