「メタボ健診への疑問」

(以下は「一町医者のピンボケ談義:メタボ健診を実施してみて」と題して、『教育労働ネットワーク』という雑誌に投稿(08/09/30)したものです。)

 平成20年の健診が行われている。仙台市の場合、8,9,10月に集中して行われる健診を基礎健診といい、癌検診(胃、子宮、乳、肺、大腸)とは別で大規模である。75歳以上の人は今までと同じく、申し込み専用ハガキを送ると受診券が送られてきて、無料である。35〜39歳の人は有料で2,110円(国民健康保険=いわゆる国保の人)か3,580円(いわゆる社保の人)。
 40〜74歳の人の健診の制度が生活習慣病を予防するための新しい健診で特定健康診査(=特定健診)。国保加入者は申し込むと受診券が送られてきて無料。国保以外の医療保険(社保)の加入者とその被扶養者には保険者(つまり個々の保険組合)から受診券が送られてきて、健診場所や事後指導について指定される。料金や検査項目は保険者によって異なり、受診者が窓口で払う自己負担金はほぼ2,600円。
 すべて健診結果は約2週間後に検査センターから送られてくる。結果通知書の末尾に「メタボリックシンドローム」が「該当」か「非該当」が記されてくる。今年の健診がメタボ健診と呼ばれるゆえんである。以下、健診をした感想を述べたい。

 1)複雑な年齢区分と書類:
 上述のように年齢や保険の種類によって手続きが複雑である。健診を受けるには受診券が必要で、65歳以上では他に基本チェックリストと生活機能診査票兼結果通知書の2種類の書類が付いてくる。75歳以上が区分されたのは後期高齢者の保険が新設されたためであろう。健診対象となる年齢が拡大したので受診者の総数は今までよりかなり増えるであろう。

 2)問題がある基本チェックリスト:
 基本チェックリストには質問が25項目あり、はい、いいえのどちらかに○をつける。お年寄りには記入してこないが人が多い。手伝って記入するのだが、どう答えたらよいか、あるいは質問自体が不適切ではないかという項目もある。「こんな質問は失礼だ。答えるのは厭だ」と怒った人もいた。
 以下、おかしな質問をピックアップしてみよう。
No.3 預貯金の出し入れをしていますか ←できるが、配偶者にまかせている人もいる。
No.5 家族や友人の相談にのっていますか ←質問の目的が不明で、相談がない人もいる。
No.6 階段や手すりや壁をつたわらず昇っていますか ←1階建ての家に住んでいる人もいるし、安全のためつたわる人もいる。
No.10 転倒に対する不安は大きいですが ←だれでも不安は大きい。
No.20 今日が何月何日かわからないときがありますか ←だれでもたまにはある。
No.24 自分が役に立つ人間だと思えない ←謙遜して「はい」と答える人もいるだろう。
 質問内容や文章には検討の余地がおおいにあると思う。

 3)生活機能審査票兼結果通知書の問診:
 ここにも質問が22項目あり、チェックリストのものと合わせ47項目もあり多すぎる。紙面の関係で書けないが、答えることが難しい質問が複数ある。
 検査センターでは質問項目への回答と以下に述べる身体計測や血圧、尿検査、採血結果と共に、コンピューター処理をして判定結果を出す。しかしどのような手順がソフトに組み込まれているかは不明である。検査センターの担当者に問い合わせたところ、たとえば喫煙習慣は判定や指導に重視されているが、飲酒の頻度や量は考慮されていないという。(ちなみにアルコール依存症者は全国に約82万人いると推定されている。これらの人は基礎健診を受けないことが多く、受けたとしてもγ-GTPが高いと「節酒が必要」とか「休肝日を設けるように」と言われるだけで、結局は飲み続ける。本人も飲酒の頻度や量を過少申告するので、質問も回答も意味をなさない。これを解決するのは、別に配偶者への質問欄を作り、「あなたは受信者の飲酒に困っていますか」という質問項目を設ければよいと思うのだが。)

 4)基準値:
 メタボ健診が始まる前から批判があった腹囲(男性85センチ未満、女性90センチ未満)の基準値については、数千人の内臓脂肪のCTによる測定結果から設定されたという。しかし別に大きな問題があると思う。それは身長差が考慮されていないことで、身長が1割大きければ腹囲も1割大きくなる。たまたま身長186センチの男性が来た。肥満には見えないが、腹囲は92センチであった。試しに腹式呼吸で息を吐くと86センチ、吸うと98センチあり、12センチの差があった。
 血圧(正常:最高129以下, 最低84以下)、LDLコレステロール(119以下)、ヘモグロビンA1c(5.1以下)の基準値は日常診療で参考にしている検査センターの基準値より軒並み低い。従ってこれらの項目では、2(要指導)あるいは3(要医療)と判定される人が多い。ちなみに血圧の昨年までの基準値は139以下で7%低くなった。LDLコレステロールの検査センターの基準値は139以下で、12%下げられ、ヘモグロビンA1c のそれは5.8以下で、今回は14%も低く設定されている。(昨年までの基礎健診では血糖値が高めの人だけヘモグロビンA1cを測定し、5.5以下が正常とされていた。)受診者は要指導とか要医療と判定されると、「自分は病人」と素朴に思いこんでしまう。

 5)メタボ健診の目的と現実:
 メタボリックシンドロ−ムは、太め+他の項目の異常が2項目以上というので、男性で体型が太め(か身長が高め)で、血圧が高め、LDLコレステロールと平均血糖(=ヘモグロビンA1c)が高めの人が該当しやすい。(男性のハイリスク者をピックアップしたいならなぜ尿酸値の項目を設けなかったのかと思う。)特にヘモグロビンA1cは基準値が非常に低く設定されており、医療機関では健診結果を話すとき、糖負荷試験を受けることを勧めることが多くなるだろう。糖尿病予備軍を見つけるにはいいだろうが、基礎健診が終わると、患者数と医療費はかなり増えるだろう。もともとメタボ健診は医療費削減(2025年までの2兆円の削減)のためと称して計画されたもので、健診受診率が低かったり、メタボ該当者が多かったり、事後指導でそれを減らせないと、各保険団体で、保険料の納付負担が増大したり、医療費の規模が減額(1点10円が9円に減額の可能性)されるなどのペナルティが課せられことになっている。多分、生活習慣病対策という長期的なもくろみはともかく、さしあたりの医療費はかえって増加するのは確実である。健診費を一人1万円、全国で数千万人が健診を受けるとすると、健診費用だけで数千億円がかかることになる。

 6)疑問:
 日本動脈硬化学会は旧ガイドラインで総コレステロールについて220mg/dl以下という「白人男性と同じで、男女の区別のない基準値」を設けて、コレステロール低下剤の売り上げに大いに貢献した。こういった権威のありそうな学会の基準値には素直に従う多くの日本人女性がスタチン系のコレステロール低下剤(売り上げ総額は年3,000億円以上)を服用し続けている。実は、日本人女性のコレステロール値をスタチンで下げても、心筋梗塞が減るとか寿命が延びるというエビデンスはない。多数のの批判を受けると、動脈硬化学会は総コレステロールからHDL-とLDLコレステロールに項目を変え、病気の名前も「高脂質血症、高コレステロール血症」から「脂質異常症、メタボリックシンドローム」へと変えた。そこまでして製薬企業の利益に貢献しようという学会の姿勢には脱帽である。
 肥満度(BMI 18.5〜24.9)の基準値についても25前後のやや太めの人の方が長生きするというエビデンスの方が数カ国共通で確実性が高い疫学研究がある。ともかく今年から動脈硬化学会など生活習慣病に関連するいくつかの学会が設定した基準に基づいてメタボリックシンドロームという目玉を掲げて健診の実施となった。今回のメタボ健診は、健診受診者、特に男性受診者を病気に仕立てあげ、目下の医療費を増やし、健診に関連する検査センター、医療機関、健診会社、製薬企業、ダイエット関連のサプリメントや健康器具の製造・販売業者を儲けさせる効果の法が確実であろう。そして国民全体の健康・長寿に役立つかについては不確実である。
 心筋梗塞など心臓病による突然死は医療費の増加要因としては小さい。「ピンピン、コロリ」は「元気で長生き、寝たきりご免」という意味だが、寝たきりには脳卒中の方が重要で、医療費の増加要因としては大きいが、脳卒中の予防にはコレステロール低下剤は役に立たない。
 ともかく同じお金をかけるなら、職場の安全対策、ストレス対策、過重労働対策、あるいは広く少子対策や食や環境の安全対策の方が大切ではないかと思う。今回のメタボ健診ほど始める前から多くの医学研究者から批判を浴びている事業はめずらしい。しかも国の経済や将来が重い病気である。日本という国を人に例えれば、メタボの逆で、餓死寸前である。血税に群がる官僚、おこぼれをいただく学者、背後にひかえる関連企業、お上に逆らえない国民は情けないと思うのだが。

(ピンボケ川柳:「健診や 人はメタボで 国は痩せ」、
        「健診で メタボがメタボの 指導する」)

 このような新聞記事が掲載されました。病的な人々が増えたのではありません。基準値を厳しくして、正常な人々を、正常ではないとしただけです。

   平成21年8月24日、河北新報の記事

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