皇室と禁酒
 
──根本正の配布したリーフレットから──




不景氣打開は國民禁酒にあり

目下の最大急務は不景氣打開に在り夫れ之を實行せむが爲め有害なる飮酒を禁ずる自覺無かる可らず我等國民は毎日飮酒の爲め消費せらるゝ金額正に四百萬圓即ち一ヶ年十四億六千萬圓を更に有益なる生産事業に振替せば自然に今日五十萬人の就職困難者をして幸福の家庭を有せしむるに至るべし畏くも雲井の上に亘らせられては禁酒禁煙を御實行その理由は別書に依て拜知するを得我等良心ある國民は其御聖徳に感激し國威を四海に發揚し眞に以て世界に模範を示さずんば在る可らず宜しく各自相互の生命財産及權利を尊重し苟くも他を輕視する事なく獨立自尊の精神を以て速に飮酒の陋習を破り不景氣を脱し盛運を開かんとす

茲に述べたるは滿八十年間に於ける余の経験なり    
昭和六年十月九日      根 本  正    



Sake tabako
Kumoi no ue ni
Hitsuyo wa nashi to
Notamau wo
Tamizo sachi aru.
       Happy the people
Whose Ruler
Declares needless
The use of
Strong drink and tabacco.
By Sho Nemoto.


  皇室の御慶事と禁酒の問題について
伯 爵   二荒 芳徳          

 こゝに私が謹んで申上げたいと思ふのは、わが 聖上陛下の禁酒禁煙であらせられる事についてゞあります。また同時に、宮内省では天盃を下賜され、御酒を賜はり、煙草を賜はることがありまして、それが一見甚だ 陛下の思召しに矛盾するが如くに見えるのでありますが、私共としては、それについて、ひとつの見解をもつてゐるのでありますから、それをも申述べたいと思ひます。
 陛下は、畏れながら今日に於いても絶對に御禁酒御禁煙であらせられます。然し 陛下にも、御盃をお擧げになるべき場合があります。例へば、御陪食の時には
 陛下のお盃にもお酒を捧げます。また御誕辰の場合とか、大演習の場合等にもお盃にお酒をお注がせにならせられます。又天盃下賜といふ事が御座いますが
 陛下にはかゝる場合にお盃に御唇をおつけになるだけで、御飮用は遊ばされぬと伺つてをります。これは強い節制心に富ませ給ふ 陛下に於かせられましては、畏れながら御必要の事でないと云ふ思召かと拝察いたすのでございます。
 陛下が未だ東宮に在せし折、私は或る時、「殿下には、お酒もお煙草もお召上がりになりませんが、お嫌ひであらせられるからで御座いますか。」と、お伺ひ申上げたことがあります。すると、陛下は、「予は、酒も煙草も必要がないから飮まないのである。」と仰せられました。何といふ有難い意味深長お言葉でありませう……と、未だにかゝる事を伺ひ上げたことを愧づかしく思つて居ります。絶對禁酒禁煙を 陛下がお嚴守遊ばされゐらせられることは、國民の一人として、私の常に驚懼、感激を禁じ能はぬところであります。


  異常な感激
宮内省御用係 海軍少將  山本信次郎        

御外遊中のこと 丁度御召艦が地中海を航海中 私は 陛下 東宮殿下に對し奉り畏多いことではあるが 何かの機會に 殿下はなぜお煙草を召上りませんか とお尋ね申上げた 陛下のお言葉には「山本、お前は、私が未だ滿二十歳に達しない事を知らぬか」私は電氣に打たれたやうに、一時に体のすくむのを覺えた、なるほど 陛下は當時滿二十歳にお成り遊ばすには、また少し日數があつた 尊き御身を以て 國民と同じく國家の法律をお守り遊ばされる有難い思召を思ふと 私は異常な感激を覺えると共に、自らの淺慮を恥ぢて恐懼に堪へなかつた。
昭和三年十一月號の「禁酒の日本」にあり


  畏し秩父宮殿下禁酒を斷行遊ばさる妃の宮を迎へさせられし御時より
宮城縣知事 湯澤三千男氏 謹話          

私が特に皆様に申上げたいと思ひます事は秩父宮殿下同妃殿下の御事であります。過般兩殿下が御觀光のため松島へ御成りになりました際私は仙臺鐵道局の伊藤局長さんと同じ汽車で兩殿下の御案内を申上ぐる事の光榮に浴しましたが、兩殿下の御様子を拝察いたしまして眞に美しい感じに打たれたのであります。斯様な事を申上げては、まことに畏れおほい事で御座いますけれど 私共は兩殿下を御迎へするに際し 秩父宮殿下には少々御酒を召し上られるといふ御話を漏れ承はつて居りましたので、アレヤコレヤと種々ホテルの主人とも相談いたしまして御酒の用意を調へたのであります。斯くて御旅館へ御着き遊ばされた
當夜 兩殿下には供奉の方々や御案内申し上げた私共へまで陪食を賜はつたのでありますが、殿下には御食事中御酒を一滴も召上がらない事を後で氣付いたので私共は非常に恐懼し供奉の方へひそかに伺ひました處 畏くも殿下には妃殿下と御結婚遊ばさるゝと同時に斷然御酒を御止めになられたといふ御事情を承はつて私共はこの有難い御精神に感激致したのであります。昭和の御代に生を亨けたる青年男女の皆様は大いに覺醒し 殿下の有難い御美徳を奉載して先づ家庭平和の根本を確立し國家社會の爲め一層努力精進せられん事を希望致します。[ 昭和六年三月の「禁酒讀本」にあり ]




【法規を破りたる酒害の参考】

溺らせた酒

 一高生三名が、赤城山大沼湖で溺死したのは、深夜、泥醉してボートを乗りだし、中心を失つて転覆したゝめであるといふ。
 遭難した三人の年齡は、二十歳一人と、十九歳二人で、いづれも、まがふかたなき未成年者である。「未成年者は、酒を飮んではいけない」、「未成年者に酒を飮ませてはいけない」といふ法律があるにも拘らず、こんな事件をしでかしてしまつた。
 これらは、同校劍道部のもので、同僚十六名と、劍道教師某に引率されて合宿練習中であつたといふ。果して、何を練習中であつたのだらうか。宿の女將の談によると「三人は先生に酒をすゝめられてよほど飮んだらしく寢卷のまゝで出て行つたまゝです」とある。  未成年者飮酒禁止法は、青少年に酒を勸めたり、賣つたり、飮んでゐるのを見過ごしにしてゐたりする「親權者若くはこれに代るもの」即ち、學校なら教師、舎監、校長の如きものゝ怠慢を罰することになつてゐる、今回の事件に關し引率者だつた「先生」はいふまでもなく、學校當局や、文部當局は、どういふ方法で、責任をとるつもりか。
 かつて私どもの仲間が、一高で、酒害についての講演をやつたとき、生徒の中から、「だがワカツキさんなど飮むほど頭が良くなるといふから一がいに惡いとはいへまい」と質問?したものがあつた。かうなると、ワカツキさんにも、責任なしとはいへまい。
 先生がすゝめる、上級生が手本を示す。専門學校は、未成年者七割に成年者三割。大學はその反對の年齡構成からなり、兩者を通じて、九割八分八厘までは二十五歳未滿者である。すなはち二十五歳禁酒法の必要こゝにあり。現行二十歳以下禁酒法の行はれない一つの原因は、一緒にゐる成年の上級生が飮んでゐるからである。當局の一考を煩はす次第だ(小鹽完次寄)

「東京朝日新聞」昭和六年七月十九日發行    

  

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