日本では動物が唾液腺からホルモンを分泌する?

=パロチン(唾液腺製剤)とはどんな薬なのか?=

 多くの医師、特に眼科の医師は、この薬を患者さんに処方していると思う。小生もかつて数人に処方していたことがある。毒性があるとも思えないし、それほど高価な医薬品でもない。厚生省が認可した保険薬であるから、処方する医師にとって何らの違法性はない。

 保険薬辞典を見ると、ホルモン剤のまっさきに、唾液腺ホルモン剤として「10mg1錠、17.40円、1日20〜60mg、2〜3分服(帝国臓器―武田=住友製薬)」と載っている。手元にある分厚い『医療薬 日本医薬品集』(薬業時報社、1986年版)を見ると、薬の内容がかなり詳しく記載されている。すべてをここに転載するわけにはいかないが、この古い本には注射用として「1アンプル中1、3,5mg」とあるので、かつては錠剤の他に注射用もあり、その後、注射用は製造や使用が中止されたらしい。

 どんなに詳しい内分泌学の本を見ても、英文の内分泌学の本を見ても、唾液腺がホルモンを分泌するとは書いていない。唾液腺は唾液を分泌する外分泌腺である。

 上記の『日本医薬品集』では、パロチンの適応として、「変形性関節症、胃下垂症、進行性指掌角皮症、歯槽膿漏、老人性白内障」と書かれ、薬効薬理は、ラット、家兎、モルモットなどにおいて、「a)軟骨組織を増殖させる、b)歯牙及び骨の石灰化を促進する、c)弾力繊維及び結合組織の発育を促進する」などとその効果が列挙されている。

 臨床効果としては、「皮質型初期老人性白内障への1年半投与の二重盲検による評価で、視力、細隙灯顕微鏡検査、徹照法所見いずれにおいても対照群より有意に優れていた」とある。

 さて、内分泌学は近年さらに進歩し、ホルモンが動物臓器から抽出・精製される時代は終わり、遺伝子学の応用によって、大腸菌から作られるようになっている。もし最新の内分泌学の本が不完全なものでないとして、唾液腺がホルモンを分泌していないとしたら、どのようにパロチンの存在を考えたらよいのだろうか?

 臓器から一定の方式でとりだされた1錠10mgのたんぱく質が、ホルモンでないとしたら、それは小麦粉のグルテンのような「非特異的なたんぱく質」と考えねばならない。この医薬品を開発した医学部の基礎研究者は動物実験で、骨や軟骨に小麦粉のようなものに効能を認めたことになる。また臨床研究者はレンズの濁りに対して、統計的有意の効果と、変形性関節症の疼痛に対する「印象としての効果」を見たのである。

 このホルモンは東大の緒方知三郎教授が存在を提唱し(昭和3年)、教授の門下生が研究やその製剤化を進めた。教授の権威によって、小麦粉のようなものでも二重盲検で有効性を示すというなら、一連の研究は科学ではなかったと言わねばならない。そしてこれは過去の物語ではなく、今も使われている医薬品の基礎データであり、健康保険料を支払っている人々のふところに直接に関係している。しかし日本の医学部の研究者、特に内分泌研究にたずさわっている研究者のだれも何も言わない。

 従って行政上、「現在の内分泌学の本は不完全であって、日本では動物の唾液腺がホルモンを分泌していると、厚生省がみなしている」と、考えざるをえないのである。

 しかし不老長寿をうたったこのホルモンのおかげで、日本が世界一の長寿国になったわけでもあるまい。また島国とはいえ、インターネットやe−mailで情報が飛び交い、知的には国境はなくなりつつある。いつまでも日本の動物だけが唾液腺からホルモンを分泌し続けるわけにはいかないのではないか。

 文献;「日本では動物の唾液腺がホルモンを分泌する?」
     加藤純二、平成9年11月、『宮城野会報』第6号。




 2003年9月末、図書館で他の新聞記事を探していたら、たまたま下記の記事を見つけましたので、合わせてご参照下さい。

■読売新聞 2003年6月24日(1面)
 
  白内障
  日本独自の点眼薬投与「科学的根拠なし」
  厚労省指針

 失明の原因となる白内障について、厚生労働省研究班が初の診療指針をまとめた。手術を主要な治療に位置づける一方、広く使われている目薬や飲み薬には「効果に関する十分な科学的根拠がない」と指摘した。白内障の薬物治療は米国など先進諸国では行われておらず、日本の「薬漬け医療」の見直しが迫られそうだ。二十七日から京都市で開かれる日本白内障学会で報告される。
 
  欧米は薬物治療せず
 
 白内障は、濁った水晶体を除去して人工の眼内レンズを入れる手術が根本的な治療法で、日本では年間約八十万件実施され、95%の人で視力が0.5以上に回復している。
 一方、白内障の進行を抑える目的で、目薬(成分名ピレノキシン、グルタチオン)や飲み薬(同チオプロニン、パロチン)も多用されている。
 研究班は、これらの薬について、過去の臨床試験データを検討したところ、症例数が少なすぎたり、評価方法に客観性が欠けていたり、信頼度の高い試験はほとんどなく、有効性は十分証明されていないことがわかった。これらは日本独自の薬で、欧米の診療指針には薬物治療の項目がない。
 ピレノキシン(商品名カタリンなど)の目薬は四十年以上前に認可され、広く使われている薬で、薬局で買うこともできる。指針は、現場への影響を“配慮”し、「投与を考慮しても良いが、十分な科学的な根拠がないため、十分なインフォームドコンセント(患者への説明と同意)を得た上で使用することが望ましい」としている。
 また、白内障予防薬として使われることのあるビタミンC、ビタミンE、ベータカロチンについては大規模試験で効果が認められておらず、「投与は推奨できない」とした。
 多くの医療機関では、患者は数週間ごとに通院、投薬を受けている。研究班の茨木信博・日本医大千葉北総合病院教授は「効果の不明な薬が、定期的に通院させるための手段として使われている実態が問題だ。白内障診療のあり方を考え直す必要がある」と話している。

60代では6−8割に症状
 
白内障 目のレンズ部分にあたる水晶体が白く濁り、視力が低下する病気。糖尿病が原因の場合や先天的なものもあるが、多くは加齢による老人性白内障で、60歳代では6割から8割に症状がみられる。一度濁った水晶体は元に戻らないため、根本的な治療は手術しかない。

 

■読売新聞 2003年7月3日(15面解説記事)
 
  白内障
 
  「科学的根拠ない」と治療薬に疑問符
   患者と情報共有し有効治療に役立てて

 白内障の治療指針を厚生労働省研究班が初めてまとめ、白内障治療薬の有効性に「十分な科学的根拠がない」と指摘した。 医療情報部 田村 良彦

 白内障は、目のレンズにあたる水晶体が白く濁って視力が低下する病気。多くは加齢によるもので年齢とともに増え、八十歳代ではほぼ100%に症状が出る。濁った水晶体を取り除き、代わりに人工の眼内レンズを入れる手術が、根治治療として確立されている。
 このほか、白内障の進行を遅らせるとして、点眼薬(成分名ピレノキシン、グルタチオン)や内服薬(同チオプロニン、パロチン)が広く使われている。それが、なぜ「十分な科学的根拠がない」とされたのか。
 医療の世界では近年、「科学的な根拠に基づく医療」との考え方が普及してきた。医師個人の経験やカンに頼るのではなく、信頼度の高い研究成果に基づき、効果的な治療を行うのが目的だ。欧米では、有効性が証明された治療を推奨する診療指針が活用されているが、日本には少ないのが実情だ。
 そこで、高血圧や糖尿病、ぜんそくなど、患者が多く重要性の高い二十の病気について、厚生労働省の各研究班が「科学的な根拠に基づく診療指針」の策定を進めている。白内障もその一つだ。
 これらの診療指針は、過去の国内外の研究データについて、薬や治療の有効性を科学的な方法で調べているかなどを検証。その治療を行うべきかどうか、ABCD四段階にランク付けして勧告する。
 白内障治療薬では、信頼度の高い研究が極めて少なかった。「有効性あり」とした研究も、症例数が少なかったり、判定基準に客観性を欠いたりして、「勧められるだけの根拠が明確でない」とCランク評価になった。予防薬として使われることのあるビタミンC、E、ベータカロチンは「投与は推奨できない」とDランクだった。
 広く使われている薬の効果について、診療指針が疑問符をつけた例はこれだけではない。ほぼ同時期に策定作業が行われた胃かいようの診療指針で、胃粘膜保護剤の一部は「有効性の根拠がない」と、Cランクに評価された。
 米国などに比べ日本はかつて、薬の効果を調べる臨床試験に厳密さを欠き、国の承認審査も甘かったことが、こうした問題の背景にある。今の尺度で過去の研究を評価すれば、効果を疑問視する勧告が出ることはありうる。
 診療指針は、最新の医学的な知見に照らし、最適な治療を行うためにある。医師と患者がそうした情報を共有し、治療法の決定に役立てることが重要だ。
 胃かいようの診療指針は、一般の医師や患者向けの解説書が出版され、誰でも簡単に入手できる。ところが、白内障診療指針は学会誌に掲載されただけで、そうした解説書も作られず、患者はもとより一般の眼科医にも十分な情報提供がされていなかった。
 

 
 この診療指針は、先週京都で開かれた日本白内障学会のシンポジウムで取り上げられ、一般眼科医が知るところとなった。白内障患者は約百五十万人に上り、高齢化で増加が予想される(グラフ参照)。患者にもわかりやすく説明できるよう情報公開が望まれる。
 医療の分野では一般的に、欧米に比べ日本には信頼度の高い研究が少ないと言われる。科学的な診療指針の作成のため、研究の質の向上も求められる。


■読売新聞 2003年7月26日(38面社会)
 
  白内障治療薬
 
  指針に逆行 有効性強調
  日本眼科医会ポスター配布

 白内障治療薬について、厚生労働省研究班が「十分な科学的根拠がない」とする診療指針をまとめたのに対し、日本眼科医会(佐野七郎会長)が薬の有効性を強調する患者向けポスターを作製、会員の開業医らに配布したことがわかった。診療指針に逆行する内容で、患者への情報提供のあり方が問われそうだ。
 
 診療指針は、白内障の予防や進行を抑えるとして使われているピレノキシン、グルタチオンなどの薬について、「有効」と判断した過去の研究は評価方法に客観性を欠くなど「有効性を証明する十分な科学的根拠がない」と指摘した。先月末、本紙などが報じた。
 ポスターは「白内障治療薬について誤った報道がありました」と決めつけたうえ、点眼薬の薬剤名を列記し、「厚生労働省により薬効再評価を受けている薬剤です」としている。
 ポスターは、約一万三千人の会員のうち開業医など約八千人に配布されたという。日本眼科医会は「患者からの問い合わせが多いため、説明用に作った」としている。
 福島雅典・京大大学院教授(薬剤疫学)は「現在の診療に否定的な指針だからといって、このようなポスターを作るのは冷静さを欠き、科学に基づく最新情報を提供すべき専門家集団として恥ずかしい。結果的に患者に誤った情報を与える」と指摘。「白内障治療薬は国際的なテキストにも載っていない。こうした薬を長年放置してきた厚生労働省の責任も大きい」と話している。

薬効再評価 治療技術の進歩などを踏まえ、過去に承認された薬の有効性、安全性の見直しを行う医薬品再評価制度の一つ。白内障の点眼薬が再評価を受けたのは一九八四年。

  

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