「ワインブームと高脂質血症治療剤を考える」

  

 新聞の記事や広告などを読むとワインブームである。ワインが売れるというだけでなく、売れるワインにあやかって、それを別の商売に利用しようというのが今のハヤリである。生命保険会社がワイン教室を開いたり、マンション分譲会社が見学会とワイン試飲会をセットにして客を集めたりしている。今やイベントにワインは欠かせない存在だという。

 さてブームの発端はというと、「ポリフェノールという化学物質には、脂肪の過酸化を抑制する効果があり、これが赤ワインに多く含まれている」というのだ。日本のある研究者がそのような発表をして、ワインメーカーが宣伝に利用した。赤ワインに便乗して、「当社のチョコレート1枚には、赤ワイン1杯分のポリフェノールが含まれています」などという宣伝も現れた。また「フランス人が肉や脂肪を多く摂取するのに心筋梗塞が少ないのは、ワインを多く飲むため」という「フレンチ・パラドックス」を引用して、ワインが心筋梗塞を予防し、健康によいという宣伝をした。赤ワインの赤はいつの間にか抜けてしまった。

 しかし心筋梗塞の発症にはもちろん多数の因子が関与する。加齢、性、狭心症の既往歴、喫煙習慣、高血圧症、肥満、高脂質血症、糖尿病などである。そしてポリフェノールは、脂質の抗酸化物質の一つでしかない。フレンチ・パラドックスも、「フランス人は特別に長生きというわけではない。フランス型ともいうべきアルコール依存症やアルコール性の肝硬変が、ワインをあまり飲まない国に比較して非常に多い。心筋梗塞による死亡率が低いのは、他の病気による死亡率が高いための相対的な影響である」という説もあるのだ。ワインに含まれるアルコールや糖分は特別で、そのとりすぎの方は無視してよいとでも言うのだろうか。

 脂質の過酸化が抑制されるというだけで、「ワインを飲めば長生きできる」と言うなら、それは「春風が吹けば桶屋がもうかる」という程度の論理と何ら変わりがない。そしてこれはワインだけの問題ではないと思う。日本には、ポリフェノールだけでなく、ビタミンや特定の成分が多いことを強調して、それがあたかも全般的に健康に良いかのように宣伝している食品や薬品が数多く出回っている。健康ドリンクのテレビ広告の「タウリン1000ミリグラム」などというのがその代表例である。しかし一つの成分だけで、体に良いとか悪いとか言う考えは間違っている。これを「単品健康主義」と呼ぶ。そのような考え方、ハヤリにはたいがいは学者の発表を利用した、食品や薬品メーカーの宣伝がある。

 「血清コレステロール値を下げれば、動脈硬化に関連する病気を防ぐことができ、それは長生きにつながる」という考えは現在、日本の医療界を支配し、そのため年間3000億円近い薬剤が使用され続けている。しかしその根拠となるデータは、心筋梗塞を持つ欧米人のものだったり、コレステロール値が270r/dl以上の欧米人男性が対象とされたものだ。しかし実際の日本の医療現場では、値が220r/dl以上が高脂質血症とされ、男女差、年齢差なしの使用である。

 将来、高脂質血症の治療の適応が見直される時が来ると小生は予測している。ワインブームを商業主義的エセ科学の例だと笑うことはできない。ブームが去る頃には、ワインメーカーは、広告費をはるかにしのぐ利益を確保する。同じく製薬企業は、再評価の頃には、特許が切れていて、脳循環代謝改善剤の時のように、たとえ保険薬からはずされても、構わないのである。学者が大企業に有利なデータを揃えるのは論外である。学者は医薬品の効果を検証するだけでなく、国民のためのコストベネフィットを配慮するほど、多面的に科学的であってほしいと願う。

文献;「論争 ワインブームと高脂質血症を考える」加藤純二、『週刊金曜日』1998年12月25日、第249号、80ページ。(この文中、「心筋梗塞」を「脳卒中」と書いてしまいました。ホームページでは訂正してあります。他にも加筆部分があります。)

  

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