「赤ワイン健康説のウソ」
フランス人はワインを多く飲むので、心筋梗塞が少ないといいます。「高脂肪食をしているのにフランス人には心筋梗塞が少ない」というのがフレンチ・パラドックスだそうです。続いて、「日本人ももっとワインを飲もう」という理屈が続くと、何となく、メーカーの意図を感じて「眉唾」ものだと勘ぐってしまいます。そこで調べてみました。
●フランス人より少ない日本人の心筋梗塞
虚血性心疾患による死亡率(≒心筋梗塞による死亡率)はフランスでは他の欧米諸国に比べて低いことは確かです。しかし日本ではフランスよりさらに低いのです。日本では虚血性心疾患による死亡率は、人口10万人あたり60.8人(1995年)であり、フランス(84.8人)の71.7%です。フランスの虚血性心疾患による死亡率は確かに米国の約1/3、英国の約1/4です。しかしフランス人の生活習慣の良さを探して取り入れようとするより、フランスよりさらに死亡率の低い日本人の生活習慣の良さを探して、それを再認識しようというのがより自然な考え方ではないのでしょうか。
●フランス人の寿命は長くはない
「フランス人の心筋梗塞は少ない」というと、それはとてもすばらしいことと考えてしまいます。しかし、フランス人の寿命は欧米諸国の中で決して長くはありません。1995年の統計で、平均寿命はフランス人男性が72.94才、心筋梗塞の死亡率がフランスの3倍も多いイギリスの方が実は平均寿命が長く、74.17才です。また心筋梗塞の死亡率がフランスの2倍多いアメリカ人男性の平均寿命は72.20才で、フランスとほとんど差がありません。
もちろん、日本人男性の平均寿命は世界二位で、フランスより約4年も長く、76.38才です。はっきり言えば、ワイン礼賛文化人は、虚血性心疾患が少ないことだけとりあげて、それが寿命を延ばしていないことは隠しています。(メーカーや業者や利益団体の文化人・御用学者ってそんなものなのです。それを調べて矛盾点を探し出すのって、とても楽しいことですね。)
フランスでは消化器系疾患による死亡率が高く、その1/3はアルコール、つまりワインの飲み過ぎによるものです。慢性肝臓疾患および肝硬変は米国の1.5倍、他のヨーロッパ諸国の2〜3倍あります。
フランスでは精神疾患の1/3はアルコール過飲によるもので、そのほとんどはアルコール依存症です。一般的な精神科の入院患者の約4割はアルコール依存症だという驚くべき実態があるのです。
これはひどい現実で、ワインが健康にいいなどと、日本人がおめでたいことを言っているのは、ワイン輸入業者や日本のワイン製造業者の宣伝に踊らされているにすぎないのです。
ついでに言えば、フランスでは、交通事故死の9%、他の事故死の7%、自殺の8.5%がアルコールの過飲によるもので、トータルのアルコール乱用死は年間3〜6万人と推定されています。
ワインは心筋梗塞の発症を少しは下げるのかも知れません。しかし、他の病気を増やし、結局、死因の順位が入れ替わるだけで、決して寿命を長くするようなものではないのです。心筋梗塞も少なく、寿命の長い日本人の生活習慣の中から、良いところを見つけだし、それを大切にすることが本当に科学的といえるのではないでしょうか。アルコール企業の宣伝のお先棒をかつぎ、科学的な事実の一部を故意に隠すのは、学者として恥ずべきことだと考えます。
●ポリフェノールとは何か――赤ワインの色と渋み
赤ワインにはポリフェノールが多く含まれていて、これが心筋梗塞を防いでいるのであろうと宣伝しています。(厳密にいえば、メーカーや輸入業者が特定の学者の説を拡大解釈して、宣伝しているのです。)では、ポリフェノールって何なのでしょうか。
白ワインに対して赤ワインを特徴づけるのは色合いと渋みです。この色合いや渋みをもたらすものは、主にブドウの果皮や種子に含まれているフェノール類、特にフェノール類の中でベンゼン環についた水酸基(−0H)が二つ以上あるもの、つまりポリフェノールと呼ばれる植物成分群です。ポリフェノール類は空気(酸素)に触れると酸化しやすく、例えばブドウの果汁や皮をむいたリンゴが茶褐色になりやすいのも、ブドウやリンゴに含まれるポリフェノール類が酸化されて起こる現象なのです。
ポリフェノール類の中で、アントシアニンと呼ばれる一群の化合物が赤色や紫色、青色などのもとになるものです。赤ワインの保存中にアントシアニンが重合したり、カテキンなど他のポリフェノールと結合したりすると赤ワインの色はくすんだ色合いに変わっていきます。
ポリフェノール類の中で渋みのもととなっているのがタンニンです。ワインが新酒のうちはタンニンはほとんど溶けていて、貯蔵中にタンニンは互いに結合し、大きな分子になっていきます。それでワインは新酒では渋みが強く、次第に渋みが弱まっていくのです。
赤ワインの製造にたずさわってきた人々は、いかに美しく、いかにおいしい赤ワインを作るかに苦心してきました。そのために使った有力な二つの方法が二酸化硫黄の添加とオリ下げ処理でした。二酸化硫黄は酵母を殺さず、雑菌を殺し、ポリフェノール類の抽出を促し、その酸化を防ぐのです。オリ下げ処理とは、ポリフェノール類が赤ワインに多くなりすぎると、渋みが強すぎたり、瓶詰め後に沈殿物が多くなるので、適当なところまでポリフェノール類を沈殿除去することです。古くは卵白を加えたり、現在はゼラチンを加えて、沈殿物を濾過処理しています。
つまりポリフェノール類は多ければよいというものではないのです。「適度の色と渋み」が赤ワインの生命なのです。それを経験とカンでワイン職人が作り出したのです。ポリフェノールが多いほどいい赤ワインだなどと言っているのは、ものごとの一面しか見ない似非文化人だと思います。私にはそのような文化人が、ポリフェノールにかこつけて、企業にシッポをふっているように見えるのですが。(続く)
■毎日新聞 2000年5月28日 |
■日本経済新聞(夕刊)2001年1月23日 |
宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ