「正露丸(セイロガン)の有効性と安全性」


(以下の論文は浜六郎先生らが詳しく検討した結果です。浜先生のご許可をいただいてここに転載させていただきました。)



委 託 研 究 報 告 書

1999年9月12日


 正露丸の有効性および安全性(危険性)の評価に関する研究

 薬害オンブズパースン会議より委託された「正露丸の有効性と安全性についての評価に関する研究」について、当医薬品・治療研究会および医薬ビジランスセンターJIPにおいて共同研究した結果がまとまりましたので、別紙のように報告いたします。
 
    1999年9月12日

             医薬品・治療研究会     代表  別府 宏圀
 
                − 住所・TEL/FAX番号:省略 −
 
             医薬ビジランスセンターJIP  代表  浜  六郎
 
                − 住所・TEL/FAX番号:省略 −



 正露丸の有効性および安全性(危険性)の評価に関する研究

          医薬ビジランスセンターJIP  代表  浜  六郎
          医薬品・治療研究会      代表  別府 宏圀


はじめに

 医薬品であるかぎり、有効性および安全性が、科学的な方法で証明されている必要があるが、処方箋を必要としない市販薬の場合、安全性は特に重要である。薬剤師の管理下にあるとはいえ、医師による管理外で使用されるものであるから、種々の合併症を有する患者にも使用される可能性がある。したがって、毒性が強いもの、安全域の狭いものは不適切である。
 1997年にH2ブロッカーがスイッチOTC薬として登場した際、TIP誌では市販薬としては安全性の面で問題がある点を指摘した[1]。この件については薬害オンブズパースンでもとり上げられ、宣伝広告の自粛、あるいは薬局での薬剤師の説明の問題が指摘された。
 今回は、大衆薬として戦前から広く使用され、最近では海外旅行する際の薬として宣伝されている正露丸について取り上げる。本剤については、すでにいくつかの問題点が指摘[2,3]されているが、メーカーの主張する有効性、安全性につき提供された資料等に基づいて検討してみたい。



正露丸の添付文書表示の成分と効能

 正露丸は添付文書[4]によれば、その主成分は成人の1日最大服用量(1日9粒)中、主成分のクレオソート 400mgの他、オウバク末 300mg、陳皮末 300mg、アセンヤク末 200mg、カンゾウ末 150mgを含むとされる。
 最大手のメーカーである大幸薬品の正露丸の添付文書には「効能」として、「下痢、消化不良による下痢、食あたり、はき下し、水あたり、くだり腹、軟便、むし歯痛」があげられている。また、医師あるいは薬剤師に相談すべき人として、「アレルギー、高熱を伴う下痢、妊産婦、高齢者、肝疾患、腎疾患、血便のある人、粘液便の続く人、医師の治療を受けている人」があげられている。
 
 服用に際しての注意として、
 

@ 劇薬成分が含まれているので,用法用量を必ず守ること,
A 5才未満には禁忌,
B 小児にはのどにつかえないように注意し,保護者の指導監督で服用のこと,
C 「効能」以外の目的には絶対に使用しないこと,
D 水または白湯で服用し,水や白湯なしでは絶対に服用しないこと,
E 他の止瀉剤との併用は絶対しないこと,とされている.
 
 服用中、服用後に注意すべきこととして、アレルギー症状の他、「まれに食欲不振、胃部不快感等が現れることがある」「数日で症状が改善しない場合は服用を中止して医師、薬剤師に相談すること」とされている。
 メーカーの食あたり(食中毒)についてのパンフレット[5]によれば、主成分の木クレオソートが腸液の分泌を抑制し、腸液の吸収を促進し、腸の蠕動を抑制することにより下痢を止める、すなわち、もっぱら殺菌力以外の活性による効果であるとしている。食中毒は多くの細菌で生じるが、細菌に対する殺菌効果は、クレオソートの薬理活性としてはあげられていない。



主成分クレオソートの性質について

〔1〕フェノール、クレゾールなどが主成分である
 
 正露丸は、木材を乾留して得たクレオソートを主成分とした物質である[6]。大幸薬品では、日本薬局方クレオソートを、コールタールを原料とする日本工業規格クレオソート油と区別するため、これを「木クレオソート」と呼んでいる。木クレオソートの主な成分はフェノール(14.5%)、クレゾール(16.8%)、グアヤコール(23.8%)、メチルグアヤコール(=クレオソール:19.1%)、エチルグアヤコール(6.4%)などである[6]。
 これらの物質の構造は極めて類似し、ほとんど同様の性質を有し、あたかも単一の化学物質のようなふるまいをする[7]。このため、「以降はクレオソートの4つの主成分(フェノール、グアヤコール、クレゾール、クレオソール(メチルグアヤコール)を総称して "phenols" と呼ぶ」としている[7]。以下の教科書[8]でもこれらは "Phenolic compound" として一括して扱われている(表1)。


表1 クレオソートの成分
───────────────────────
フェノール 14.5%
クレゾール 16.8%
グアヤコール 23.8%
メチルグアヤコール
 (クレオソール)
19.1%
エチルグアヤコール  6.4%
───────────────────────
総称して phenols, phenolic compounds という


〔2〕フェノール類の性質
 
 「中毒学」の教科書のひとつ[8]にはクレオソート(クレオソート油)、フェノール、クレゾールなどの性質として以下のように記載されている(表2)。

【クレオソート(クレオソート油)】〔[8]p566-567〕
 クレオソート(クレオソート油)は石炭あるいは木のタールから得たフェノール、クレゾール、グアヤコールなどの混合物である。クレゾールの殺菌活性は一定しないが、通常フェノールよりも2〜3倍は強い。クレオソートNFやカルボン酸クレオソートはまれに殺菌剤として使用されることもあるが、主に去痰剤として使用される。クレオソートは木の防腐に使用される。高濃度を吸入すると、重篤な(可逆的だが)神経症状を起こす(ただし、MAC の閾値は不明)───フェノール参照
【フェノールおよびフェノール誘導体(クレゾール、ナフトール、メントール、チモール、グアヤコール、レゾルシノールなど)】〔[8]p415-416〕
 フェノールは白色の芳香を有する固形物で、水に1:15で溶解する。クレゾール(木タールもしくはコールタールから製造)は、木や石炭を破壊し、蒸留して得たフェノールおよびフェノール系の種々の物質からなる。フェノールは現在ではほとんど医療では使用されていないが、その誘導体は、防腐剤、消毒剤、焼灼剤(腐食剤)、殺菌剤、表面麻酔剤、保存剤などとして使用されている(註1)。
 オムツやリネンの洗浄の最終仕上げの濯ぎにペンタクロロフェノールを防カビ剤として使用したところ、「発汗症侯群」と発熱を生じ、新生児が2人死亡し、7人が重篤な中毒を起こした。フェノールの致死量は2〜10g(註2)である。
 フェノールは全般的な「原形質毒」であり、原形質内に容易に進入してタンパクとゆるやかに結合する。組織内にも非常に深く浸透することができ、しかもすべての体のあらゆる面から容易に吸収される。組織に長時間接触すると壊死(壊疽)が生じるので、これが殺菌剤とか局所麻酔剤として使用されていた時期には、本剤に接触することによる事故は稀ではなかった。
 最初に接触すると刺激があるが、しばらくすると、神経終末が壊死するために麻酔がかかってくる。そして、ついで組織の壊死を生じる。この物質は消化管からも容易に吸収される。この物質は広範囲に、毛細血管の傷害(damage)と麻痺(paralysis)を生じる。また腎臓の細胞や心臓、および神経系に対して影響を及ぼす。
 人体は、フェノールに対して、ほぼ半分程度までは酸化により、後の大部分はエーテル硫酸(註2)やフェノールグルクロン酸などの抱合型にして解毒する。
 抱合型と僅かに非結合型のものが腎臓から排泄される。少量では、サリチル酸のような呼吸中枢の刺激作用があるため、呼吸性のアルカローシスを生じ、ついで(高用量となると)アシドーシスを生じる。メトヘモグロビン血症も生じる。
 症状は、局所性にも全身性にも生じる。皮膚や粘膜など局所性の影響は、組織の破壊である。皮膚は白くなり、麻酔がかかり、潰瘍を形成し、その後ゆっくりと治癒に向かうが、瘢痕を形成する。
 全身症状は、まず消化管に対する症状として、痛み、嘔気、嘔吐、下痢などを生じ、ついで全身のそれぞれの部位に対する毒性効果が現れる。循環器の虚脱やショックが急速に生じてくる。
 中枢神経系に対して一時的な刺激症状の後、速やかに呼吸抑制から、中枢神経抑制を生じる。腎障害はしばしば重篤となり、無尿になることもある。排泄された尿は特徴的な臭いがあり、アルブミン尿、円柱尿、赤血球尿を認める。肺からも少量のフェノールが排出されるので、呼気が特徴的な芳香を持つ。
 フェノールを血液中、組織中、尿中に証明することが可能である。塩酸第二鉄を尿に落とすと、フェノール化合物が存在すれば、尿をブルーか紫に変化させる。
 経口摂取したフェノール化合物中毒では、ミルクやオリーブ、植物油などを飲ませてとりあえず吸収されるのを遅らせておいて、胃洗浄を実施する。鉱物油やアルコールは、フェノール化合物が胃から吸収されるのを促進するので(多くの教科書には使用が推奨されているが)、禁忌である。
 60ml(2オンス)のヒマシ油(フェノールを溶解し、腸管内から除去されるのを促進する)を投与する。その後生理食塩液を投与して下剤とする。皮膚や粘膜の病変部は、大量の水を使用して15分間洗浄した後、ヒマシ油を(表面保護液として)、もしくは10%のエチルアルコールを使用する。
 アシドーシスや痙攣、ショックに対しては、それぞれに特異的な治療を必要に応じて実施する。

註1: フェノールは1%までは静菌的であるが、1%を越えると殺菌的に働くとされている[9]。
註2: 2〜10gは人では40〜200mg/kgに相当する。
註3: エーテル硫酸(ethereal sulfates):抱合性硫酸またはエステル硫酸ともいわれ、尿中に排泄される硫酸のうち、フェノールやクレゾール、インドキシル、シカトキシルなどとエステル結合している硫酸で、成人1日の尿中排泄量は0.1〜0.6g、無機硫酸塩排泄量の1/10にあたる(加藤勝治編、佐藤登志郎改訂「医学英和大辞典」、南山堂、1997年版より)。


   表2 フェノール類、クレオソートの主要な性質
 ───────────────────────────
   1. 原形質毒:原形質内でタンパクと結合
   2. 用途:防腐、消毒、焼灼、殺菌、表面麻酔など
   3. 吸収、分布:容易に吸収され、容易に組織に浸透
   4. 作用:局所刺激後、神経終末壊死で麻痺、壊死
       毛細血管傷害、腎、心、神経傷害、溶血
       嘔吐(下痢)、麻痺性イレウス、ショック
   5. 中毒時:ミルク、植物油、胃洗浄、ヒマシ油投与
       鉱物油やアルコールは禁       
 ───────────────────────────


〔3〕クレオソートの薬物動態
 
 (1)健康人での薬物動態
 大幸薬品が健康な8人のボランティア男性(年齢26±3才、体重70±7kg、身長176 ±7cm)を対象に133mgのクレオソート(フェノール11.3%、グアヤコール24.3%、p−クレゾール13.7%、クレオソール18.2%)と66mgのメタケイ酸アルミン酸マグネシウムを含む硬ゼラチンカプセルに入れて投与した[7]。軽い朝食後に1カプセルと200mlの水を飲んだあと15分、30分、1時間、以降1時間毎に採血したところ、ピーク濃度はいずれも30分後であり、総クレオソート4成分(グルクロン酸および硫酸抱合型と非抱合型合計の4成分の総計)のピーク濃度は2.67μg/mlであったが、4成分の非抱合型の合計ピーク濃度は0.23μg/mlであり、約8.6%が非抱合型であった(表3)。非抱合型はp−クレゾールの濃度が最も高くて0.12μg/ml、その消失半減期は約0.70時間、p−クレゾールのグルクロン酸抱合体の半減期は1.2時間であった。4成分のグルクロン酸および硫酸抱合体中フェノールのグルクロン酸抱合型の半減期が最も長く2.7時間、p−クレゾールの硫酸抱合体が最も短く0.8時間、平均で1.76時間であった。
 身長平均176cm、体重平均70kgという体格は、平均的な日本人(男性の平均約60kg、女性平均50kg)よりもかなり大きい。したがって、平均的な日本人が正露丸を服用した場合は、血中濃度のピークはこの数字よりも多くなるだろう。


   表3 健康人のクレオソート服用後の最高血中濃度(服用30分後)とその半減期
 ────────────────────────────────────────
                 人健康男性   マウス    人、自殺目的
 ────────────────────────────────────────
  身長、体重          176cm,70kg   25〜34g    48kg
  クレオソート投与量      1.9mg/kg    50mg/kg    220mg/kg
  抱合型+非抱合型濃度合計   2.67μg/mL    8.13μg/mL   ?
  非抱合型の血中濃度合計    0.23μg/mL    5.99μg/mL   493.7μg/mL
  非抱合型/合計        8.6%      73.7%     ? %
  総クレオソートの消失半減期*a 1.76h      ?       ?
  非抱合型の半減期       0.70h(p−クレゾール) ?      始め4h:4.3h *b
                                 4−13h:24 h *b
 ────────────────────────────────────────
  *a クレオソートの主要4成分抱合型の半減期の平均値      (文献[7]より) 
  *b 大量経口服用であるため、見かけ上の半減期




  表4 正露丸大量(240粒=クレオソート10.56g)服用者のクレオソート血中濃度、半減期
 ────────────────────────────────────────
               意識   溶血    非結合型   半減期 *b
                          濃度(μg/mL) (hr)
 ────────────────────────────────────────
  来院1時間前(推定)              (596.4)*a
  来院時          殆どなし あり     493.7      ┐
                                〉3.7 │
  1時間35分後(透析前)      あり     366.3      │ 4.3時間
                                〉7.7 │
  3時間15分後(透析後) 回復   回復の兆し  315.2      │
                                〉2.6 │
  4時間   後           かなり回復  258.0      ┘┐
 13時間   後           殆ど回復   199.6      ─┘ 24時間
 19時間   後 退院   正常,食欲普通     測定せず
 ────────────────────────────────────────
  *a 来院時と1時間35分後の血中濃度から受診1時間前の血中濃度を外挿して求めた
  *b 大量経口服用であるため、見かけ上の半減期


 (2)マウスでの薬物動態
 大幸薬品からの追加文献[21]によれば、マウスにクレオソート50mg/kgを投与30分後の静脈血中のグルクロン酸抱合体、硫酸抱合体および非抱合型の合計6成分(上記4成分にo−クレゾール、4−エチルグアヤコールを加えたもの)の総6成分クレオソートは8.13μg/mLであったが、このうち73.7%の5.99μg/mLが非抱合型であった(表3)

 (3)大量服用時の薬物動態
 ヒトで240個の正露丸(クレオソート10560mg相当、220mg/kg)を自殺目的で使用して意識消失して病院を受診した人の受診時からの経過および血中濃度が大幸薬品から提供された[10]。その経過と血中濃度および見かけ上の半減期を表4に示す。来院時の血中濃度(大幸薬品によれば非結合型の血中濃度)は493.7μg/mLであった。この血中濃度では溶血が確認され、258.0μg/mLでなお溶血が存在し、来院13時間後の血中濃度約200μg/mLであった。透析がなされたが、血中濃度の低下には実質的には役立っていないようにみえる。

〔4〕クレオソート=フェノール類の薬理活性
 
 正露丸の主成分クレオソートの薬理活性について検討する

  表5 薬理活性濃度と中毒時の血中濃度の比較
 ────────────────────────────────────────
                        濃度       投与量
                        μg/mL       mg/kg
 ────────────────────────────────────────
  ウサギ腸液の分泌抑制、吸収促進濃度     100以上
  ラット腸平滑筋の自発蠕動抑制濃度       10以上
  ラットひまし油誘発下痢抑制用量(ED50)*a            150
  ラット慢性毒性試験中毒量                   143〜179
  マウスLD50時の血中濃度予測         52 *b〜84 *c   433〜525
  マウス慢性中毒時血中濃度予測        30〜48未満    247〜297
 ────────────────────────────────────────
  *a:ラットの半数に対して、ひまし油で誘発した下痢を2時間抑制する用量
  *b:433/50×5.99=52    *c:525/50×8.13=84


 (1) 腸液の分泌抑制、腸液の吸収促進作用
 クレオソートの下痢に対する効果と関連する薬理活性としてメーカーがあげている性質の一つは、腸液の分泌抑制と腸液の吸収促進作用である。
 大幸薬品の研究室で行った実験では、大腸菌が出すエンテロトキシンによる兎の空腸(空腸を5cmの分節したもの)からの分泌液量を、用量依存的に抑制した[11]とし、これによってクレオソートには腸液の分泌抑制、腸液の吸収促進作用があるとしている。しかし、無添加対照と比較して差があったのは、腸管内のクレオソート(肝臓での代謝を受けていない未変化型、つまり非抱合型)の濃度が100μg/mL以上の場合のみである。
 腸液の分泌抑制、腸液の吸収促進作用が発現する100μg/mLという腸管内の未変化型クレオソート濃度は、マウス半数致死用量[12]における推定濃度(52〜85μg/mL)よりも濃い(表5)。この点を考慮すると、腸液の分泌抑制の動物実験は、クレオソートが単に細胞毒として作用し、腸細胞そのものの本来の働きが失われた結果とみるべきではないか。

 (2) 腸の蠕動抑制
 一方、ラットやブタの小腸平滑筋にクレオソートを用いた実験[13,14]では10μg/mL(100μM)程度の濃度で収縮が抑制されており、この濃度は、腸液分泌抑制濃度[11]よりも低濃度であるが、マウスの半数致死推定濃度(52〜85μg/mL)の5〜8分の1程度である。マウスの慢性毒性試験[15]の中毒量(246.5〜296.5mg/kg)は1日1回投与ではないので、血中濃度の上昇は単回投与よりはるかに少ないと思われるが、単回投与したとしてもせいぜい30〜50μg/mL、つまり3〜5分の1程度である。したがって、小腸平滑筋の蠕動抑制濃度も、毒性発現用量とそれほど大きな差のある濃度ではないだろう(表5)。
 また、ラットにヒマシ油を飲ませて下痢を起こし、それに対する腸の蠕動抑制実験[14]では、53mg/kgでは半数の下痢を1時間抑制しただけで、半数の下痢を2時間抑制するには150mg/kgの用量を必要とした。後述するが、ラットの慢性毒性試験[16]では約140mg/kg(餌中0.6%に混入、雄)〜180mg/kg(同、雌)が中毒量であり、150mg/kgという用量はまさしく中毒量である(表5)。
 大幸薬品が実施した最新の動物実験[21]では、マウスの肛門から直径3mmのガラスビーズを肛門から2cmまで挿入してそれが脱出する時間を延長させる作用を大腸の蠕動を抑制する活性と見る実験をし、ヒトでの用量2mg/kg程度でもその時間を延長させたとしている。しかし、実際には0.08mg/kgでも抑制しており、この用量は、ヒト用量の25分の1の量である。このビーズの排出というのが、ヒトの下痢のモデルになるのであれば、ヒトでの用量は不要に多すぎると言えるし、ヒトでは現在の常用量以下では効果が認めがたいのであれば、この病態モデルは敏感すぎてヒトの下痢のモデルとしては不適切であるということになる。実際、下痢は小腸から大腸全体の炎症をはじめとする刺激の結果生じてくる場合が多いことから、肛門から2cmの部位の蠕動を抑制したとしても下痢全体には効果があるとは考え難い。おそらく、このモデルはヒトの下痢のモデルとしては不適切と考えるべきであろう。



中毒症例の紹介

〔症例1〕
 大量の正露丸を服用して中毒を起こした症例を紹介する〔文献[17]より〕。
 58歳より脳梗塞後の軽度片麻痺の既往がある身長157cm、体重57kgの60歳の男性。1988年の夏、腹部不快のため7日間で約250個の正露丸(常用量は1日9個、7日間で63個。常用量の約4倍)を服用。1週間後に嘔吐、腹痛、腹部膨満を訴えて某病院に入院。初診時、腹部は高度に膨隆、腹部単純]線撮影で小腸ガスと鏡面像を認めた。胃洗浄で炭粉用泥状物を排出。クレオソート反応陽性のため正露丸による麻痺性イレウスと診断。絶食、経静脈栄養、補液、電解質補正、抗生物質投与などを実施し、全身状態は徐々に改善した。パンテチン、ジノプロスト、ワゴスチグミン、オキシトシン、浣腸などで腸蠕動運動促進をはかり、一時は便の排出を見たが、入院2週間頃から腹水貯留、黄疸(血清総ビリルビン7.8mg/dl 間接ビリルビン4.7mg/dl)、尿量減少、血清BUN 99.7mg/dl ヘモグロビン9.9g/dl、白血球数16200mg/dl、CRP 31.9mg/dlを認めた。
 他院に転院し、開腹術を施行したところ、上部空腸に、約20cmずつ、2箇所(いずれも仰臥位で背側、つまり臥床時下側)にわたる全周性の腸管壊死を認めた。壊死部を含め80cmにわたり小腸切除をした。手術後は血清クレアチニン値4.3mg/dl、BUN 126mg/dl、白血球数31800/mm3、総ビリルビン値15.6mg/dlまで上昇し、7回透析、経皮経胆管ドレナージ、抗生物質投与などをおこない、手術後約3ヵ月後に軽快退院した。
 手術で切除した小腸の組織所見は、壊死が粘膜層から輪状筋層にかけて強く、ところどころ全層に壊死を認めた。壊死部は多核白血球を主とする炎症細胞浸潤を認めた。
 この症例報告の著者は、ウイスター系ラット(体重300g)で動物実験をした。433mg/kg(体重比でヒトで常用量の約50〜70倍)の正露丸を3日間および7日間投与後、犠牲死させて、7日間対照餌を投与したラットと比較した。3日目の回腸粘膜には限局性に粘膜表層の壊死所見(周囲粘膜との境界は明瞭)を認め、7日目の回腸粘膜は全体に絨毛と回腸腺の萎縮と浮腫があり、部分的には粘膜層から筋層に達する壊死所見が認められたとしている。

〔症例2〕:メーカー(大幸薬品)からの情報[10]
 27才女性。身長154cm、体重48kg、自殺目的で240個入りの正露丸のほとんど全量を服用した(推定服用量クレオソートとして10.56g)。医療機関受診時、意識がほとんど消失していたが、嘔吐はなく、採血にて溶血が確認された。来院時のクレオソート血中濃度は493.7μg/mL。胃洗浄を実施し、1時間35分後に透析を開始、3時間15分後の血中濃度は315.2μg/mLとなり意識は回復、溶血も回復の傾向あり、4時間後の血中濃度は258.0μg/mL、13時間後には溶血はほとんど回復し、血中濃度は199.6μg/mLとなった。19時間後には意識は正常となり食欲も普通となり退院した。ただし、その後の転帰は不明である。
 大量投与時には抱合能力に限界があるため、致死用量ではほとんどが非結合型になっていることが考えられるので、このことを考慮すると、マウスの半数致死濃度(LD50)433mg/kgもしくは525mg/kg[11]では、非抱合型のクレゾールの血中濃度は最大85μg/mL(525/50×8.13)と考えられる(表5)。220mg/kgを服用後来院時の非抱合型クレオソートの濃度は約493.7μg/mLであるから、この濃度はマウス致死量における予測血中濃度の6倍以上である。
 非結合型の血中濃度のみかけ上の半減期は、始めの1時間35分の間の半減期 3.7時間、透析中の1時間40分の間の半減期は 7.7時間、透析後45分後で 2.6時間、来院から4時間の平均半減期は4.3時間であった。しかし、その後9時間では血中濃度の低下は遅く、消失半減期は24時間に延長している。大量服用であるから、腸管内に残存している正露丸の吸収も問題になるが、人で事故による経皮的な吸収で急性腎不全を生じた例が報告されている[9]。
 肝障害、腎障害により延長している可能性も考えておくべきであろう(表4)。
 表6 に正露丸大量服用例の症状、所見、予後をまとめて示す。



    表6 ヒト中毒症例の症状、所見、予後のまとめ
 ────────────────────────────────────────
            症例1               症例2
 ────────────────────────────────────────
 用量         28mg/kg/日             220mg/kg
 期間         1週間(亜急性毒性)          1回(急性毒性)
 常用量に対する倍率  7mg/kg/日の4倍           2.8mg/kgの79倍
            意識障害              意識消失
 血中濃度       不明                受診時 約500μg/mL
   (非結合型)                     ラット致死濃度の6〜10倍も
 血中濃度のみかけの  不明                はじめ4時間:約4時間
   半減期(非結合型)                   4〜13時間:約24時間
 消化管        嘔吐、腹痛、腹部膨満        嘔吐なし
            麻痺性イレウス、腸管壊死      19時間後食欲あり
 血液         貧血、白血球増多、血小板減少    溶血
 肝臓/胆道      黄疸(T,D-ビリルビン 増)、胆管炎    肝臓腎臓障害の可能性
 腎臓         腎不全(乏尿、BUN/Cr増、透析)
 予後         手術、透析などで、3カ月後回復   透析後意識、溶血回復
 最終予後       回復                最終予後不明
 ────────────────────────────────────────


正露丸の毒性試験結果

 正露丸の主成分クレオソートを用いた急性、亜急性、慢性、発癌性に関する毒性試験が大幸薬品[12,15,16]、および荒木ら[17]により実施されている。まず、慢性毒性試験における主な所見を示す。

〔1〕ネフローゼおよび腎萎縮(表7、8)
 
 ラット92週間の慢性毒性および発癌性実験[16]の結果で有意の差のある所見を表7に示す。低用量群と高用量群の差はわずかに2倍であるため、用量反応関係を見る条件が前提から不十分である点を、まず指摘する必要がある。
 強いネフローゼを認めたラットの比率が高用量群で高率であった(9.8% vs 27.5%、p<0.05)。腎萎縮は雄では低用量群で高率であった(41.2% vs 64.7%、p<0.01)。
 さらにマウスの慢性毒性試験(0.3%および0.6%)[15]の毒性所見は表8に示したように尿蛋白2+〜4+の頻度が高い。これはラットで認められたネフローゼの所見と共通する。しかも対照群は 0%であるのに対して、低用量の0.3%群(雌296.5mg/kg、雄246.5mg/kg)で68.2%と極めて高率であり、無影響量がどの程度であるか全く不明である。
 毒性試験は通常、試験群として公比3〜5で3〜4用量(不投与対照と合わせて4〜5用量)設定し、最低用量は全く悪影響の現れない無影響量、最大用量は少数の死亡が現れる用量とする。そこで、低用量群の4分の1量を無影響であると仮定すると、マウスでは雌で74mg/kg、雄で62mg/kgが、ラットでは雌で45mg/kg、雄で38mg/kgが最大無影響量ということになる。

〔2〕前立腺萎縮(表7)
 
 前立腺萎縮は対照群5.9%に対して、低用量群21.6%;p<0.05、増加率2.7倍)、高用量群29.4%;p<0.01、増加率4倍)と用量依存的な増加を認めた。クレオソートには女性ホルモン様作用があるのかもしれない。



   表7 慢性毒性試験(ラット)における毒性所見の例[14]
 ────────────────────────────────────────
                        有所見率
             ────────────────────────────
              C無添加対照   A低用量群 *a  B高用量群 *b  p
 ────────────────────────────────────────
  慢性ネフローゼ3+〜4+    5/51 (9.8%)           14/51(27.5%)  *

  腎萎縮 1+,2+(雄)   21/51(41.2%)   33/51(64.7%)          **
        (雌)   10/51(19.6%)           17/51(33.3%)  ns

  睾丸間質性腫瘍 *c   55/102(53.9%)  72/100(72.0%)          **
              55/102(53.9%)           70/98(71.4%)  **

  前立腺萎縮        3/51 (5.9%)   11/51(21.6%)          *
  (用量依存性がある)   3/51 (5.9%)           15/51(29.4%)  **
 ────────────────────────────────────────
  *p<0.05   ** p<0.01
  *a:クレオソート1.2%添加餌で92週間(394mg/kg、313mg/kgに相当)
  *b:クレオソート0.6%添加餌で92週間(179mg/kg、143mg/kgに相当)
  *C:睾丸は1匹あたり2個あるので分母が2倍となっている。

低用量群でも腎萎縮、睾丸間質性腫瘍、前立腺萎縮など、確実な毒性が現れている。
最小中毒量が決定されていない。
また、低用量と高用量の公比は、たかだか2倍、通常は5〜10倍づつ3群を設けて、最小用量は無影響、最大用量は死亡が少数は出現するように設定して毒性を見るが、そのような毒性試験の基本的な方法が採用されていない欠焔の毒性試験である。
このため、用量−反応関係についても検討が困難となる。
ラットの亜急性毒性試験[14]では、赤血球数の減少と平均赤血球容積の増加および高用量時にヘモグロビン値が低下(貧血)。
慢性毒性試験の最低用量は雌179mg/kg/日、雄143mg/kg/日だが、それより低用量は実施されず、この場合も最小中毒量および最大無影響量がされていない。



   表8 マウスにおける毒性所見の例(亜急性[12]、慢性毒性試験[15]
 ────────────────────────────────────────
                  有所見率(または平均値±標準偏差)
            ─────────────────────────────
              C無添加対照  A低用量群 *a  B高用量群 *b   p
 ────────────────────────────────────────
  亜急性毒性試験
    RBC 雌      588.6±21.49  400.0±127.78
  慢性毒性試験
    Ht 値       39.9±4.69   36.4±4.39**  36.9±3.32**
    MCV 値       50.7±3.80   46.1±5.92**  45.1±2.71**
    蛋白尿2+〜4+雄    0/17(0.0%)  15/22(68.2%)           **
               0/17(0.0%)          8/27(29.6%)    *
 ────────────────────────────────────────
  *p<0.05   **p<0.01
 ※亜急性毒性試験では、0.15(*a)、0.3、0.6、1.2、1.8%を12週間マウスに投与した
 ※慢性毒性試験では、0.3%(*a)および0.6%(*b)を52週間投与


〔3〕催腫瘍性(発癌性)について(表7)
 
 さらに、睾丸間質性腫瘍も用量依存とは言えないものの、クレオソート投与群で著明な増加を認めている(53.9% vs 72.0〜71.4%;p<0.01、増加率33%)。
 発癌性については、1959年にフェノールおよびフェノール関連化合物をマウスの背中に塗布した実験で、発癌性が認められている[17]。フェノール単独でも用量依存的に乳頭腫あるいは癌の発生が高まり(36週で対照群 0%、低用量(5%)群20%、高用量(10%)群が約25%の発生率)、DMBAを併用すると(DMBA単独では発癌性なし)、12週間で両群とも75%以上に腫瘍(癌を含む)の発生を見た。そして、この変化は、夾雑物による影響ではなく、純粋にフェノールの影響であることが確認されたとされている[18]。

〔4〕溶血について(表8,9)
 
 つぎに、ラットに3か月間クレオソートを投与した亜急性毒性試験[12]における血液所見を表9に示す。ここでも、公比2で実験がなされているので、用量−反応関係が明瞭に現れ難い点をまず指摘しておく。
 最低用量の0.3%からMCVが上昇し、RBC数は平均約10%低下している。標準偏差(SD)は平均値の13%と非常に大きい。このことは一部のラットが著しい赤血球数低下を起こしたことを示唆する。Hbは1.2%で有意に低下し、2.5%で著しく低下した。雄では雌ほど差は顕著ではないが、似た傾向が認められる。
 ビリルビンやLDH、赤血球浸透圧抵抗検査などが実施されていないので、このデータだけからは結論的なことは言いがたい。しかし、赤血球減少は赤血球の崩壊か骨髄抑制の結果であり、MCV増加は、栄養欠乏あるいは赤血球膨化の可能性を示唆する。高用量でのHbの用量依存的な低下があり貧血が確実である。いずれにしてもこれらはその原因を確認すべき異常所見である。人での大量服用時の所見から、当然溶血との関連は考察されなければならない。その点、実施された試験は毒性試験としての要件を満たしていない。最大無影響量が決定されていないことと同様、信頼性を疑わせるものである。
 マウス亜急性毒性試験[12]では、上記のラットのような明瞭な関連は認められないが、0.15%群で400.0±127.78と平均値の著明な低下と著しい標準偏差の増大を認めている。一部のマウスに著明な貧血を呈したことを示唆する。マウスの慢性毒性試験[15]でもヘマトクリット(Ht)値とMCVの用量依存的な低下を認めている(表8)。

〔5〕腸管の壊死
 
 荒木ら[17]は、ラットに約444mg/kg/日(ヒト用量の50〜70倍)の正露丸を投与し、対照に比較して、全例小腸拡張、ガス貯留、3日で回腸絨毛の壊死、7日目で回腸全体の萎縮、浮腫、部分的に粘膜層、粘膜下層、筋層に及ぶ壊死を認めた。


  表9 3か月ラットにクレオソートを投与した亜急性毒性試験における血液所見
 ────────────────────────────────────────
      投与量      RBC        Hb         MCV
    %  平均mg/kg  平均  ± SD  平均   ± SD   平均   ± SD
 ────────────────────────────────────────
 雌  対照   0     880   41.5  16.95   0.22   52.6   1.15
    0.3  162※a   796  106.5  16.86   0.83   59.9**  2.62
    0.6  215※b   682   93.5  17.04   0.53   73.0**  10.74
    1.2  578※b   628  118.4  16.73**  0.35   78.0*** 18.41
    2.5  768※b   793   62.5  15.96***  0.06   59.3***  4.76
 ────────────────────────────────────────
    対照   0    945   15.8  17.04   0.44   49.5   1.42
 雄  0.3  192    941   17.6  17.38   0.43   50.3   1.61
    0.6  238    843** 106.4  16.96   0.64   57.5***  6.76
    1.2  604    900*** 38.2  16.54   0.67   51.4   4.92
    2.5  918    858*** 36.0  15.88***  0.68   50.9   2.28
 ────────────────────────────────────────
  *p<0.05  **p<0.01  ***p<0.001


※a: 最低用量の0.3%(162〜192mg/kg)からMCVが上昇し、RBC数は平均約10%低下している。標準偏差(SD)が平均値の13%と非常に大きいということは、個体によって、著しく赤血球数が低下したものがいたということを示唆する。
※b: 0.6%まではMCVの増加でHbの低下を代償しているのかもしれない。しかし、2.5%用量ではHbが有意に低下している。

フェノール系物質の原形質毒である点、人中毒例での溶血と血中濃度等を総合的に判断すれば、このデータはクレオソートにより溶血を起こした結果と考えるべき。



正露丸の中毒量は、常用量の2〜4倍以下

〔1〕中毒係数の求め方
 
 表10に、マウスおよびラットの急性毒性データおよび、92週間ラットに投与した慢性毒性試験における〔T〕確実中毒量および最小中毒量(mg/kg)を示す。
 そして、〔U〕中毒係数をして、動物試験での毒性発現量(mg/kg)と臨床用量(mg/kg)との比を求めた。本来は無影響量との比で安全係数を計算するが、クレオソートの場合は最大無影響量が求められていないので、安全係数は求められない。
 さらにより正確と考えられる血中濃度による換算値(0.116)を用いて、人での中毒量を推定した。

 血中濃度による換算値として0.116を用いる根拠は以下のとおりである。
 
 (1) マウスでは50mg/kgの投与で総血中濃度が8.13μg/mLに比して、非結合型は5.99μg/mLと大部分(74%)が非結合型であった。
 (2) 人では1.9mg/kg(133mg/70kg)で総血中濃度が2.67μg/mLに対して非結合型の血中濃度は0.23μg/mL(8.6%)であった。
 (3) マウスで50mg/kgを投与した際に得られる血中濃度が、人ではどの程度の用量を服用することによって達成できるかを求め、両者の比を求めることによって、血中濃度の上昇から見た、用量換算が可能となる。
 (4) クレオソートは腸管からの吸収や、組織への移行が極めて速やかなことから、ワンコンパートメントモデルが適用できると考えられるので、最高血中濃度は投与量に比例すると仮定して計算する。8.13μg/mLの総クレオソート血中濃度を得るために人に投与すべき量(mg/kg)は、5.8mg/kg(8.13/2.67×133/70)と計算される。これは50mg/kgの11.6%である。体重あたりで常用量の約100倍(220mg/kg)を服用した場合、非結合型血中濃度が2000倍(約500、総クレオソート濃度の200倍)となった例が報告されている。これは、大量服用時は用量に比例した血中濃度以上に血中濃度が上昇することを意味している。8.13μg/mLの血中濃度を得るためには、最大で5.8mg/kgを必要とし、それ以上は必要としないことを意味している。
 (5) したがって、血中濃度から換算した人での中毒量は、体重当りで求めた中毒係数に最大で0.116を乗じた値と推定される(場合によってはそれ以下かも知れない)。
 (6) これは体表面積比から求めた換算値(約1/4)よりもさらに厳しい換算係数である。
 
 体表面積あたりの用量どうしの比較の方が、安全係数の計算には正確である[19]と言われるが、必ずしもこれが該当しない場合もあり、正露丸にも該当するかどうかは不明であった。そして、正露丸については血中濃度による比較が可能となったので、この方法は採用しなかったが、血中濃度による比較と体表面積あたりの用量どうしの比較との方がより近い値となったことを指摘しておく。

〔2〕慢性毒性試験の中毒量からは中毒係数は1.9〜4.3程度
 
 ラットの慢性毒性の中毒量とヒト常用量との体重当りの用量の比は18〜21倍、マウスの慢性毒性で計算すると、ヒト常用量に対する中毒量の比は30〜37倍であった。
 これに血中濃度で比較した場合の換算値0.116を乗じると、人では常用量の2.1〜2.5倍(ラット中毒量データを用いた場合)から、3.4〜4.3倍(マウスでの中毒量データを用いた場合)が(慢性)中毒量である可能性が極めて高い。急性中毒量も5〜15倍である可能性がある。



臨床試験

 「下痢を伴う諸疾患におけるクレオソートの治療成績」と題する臨床治験報告[20]が、大幸薬品から提供された。10施設において、15才から85才までの「担当医が本試験に適合すると判定した患者を対象とした。急性腸炎(71人)、感冒性胃腸炎(14人)、単純性下痢(12人)など合計148人(男71人、女148人)を対象とし、1カプセル中にクレオソート166mg+メタケイ酸アルミン酸マグネシウム66mgを含むカプセルを1日3回原則として3日間投与し、3日目の下痢の改善の程度から著効(3日以内に下痢が消失、気分爽快となった場合)、有効(3日以内に症状が好転、諸症状が極めて軽減し、日常生活に支障ない程度に回復)、やや有効、無効(4日以上経過して全然効果の認めがたい場合)と判定した。著効が30%、有効49%、やや有効9%、無効13%であった。
 報告書では「『クレオソート』の強い臭気と灼くような味のために、単味投与やプラシーボの使用はできなかった。」ということをランダム化比較試験を実施しなかった理由としている。臨床試験の実施時期が何時か特定していないが、対照群を全く欠くこの臨床試験は、いわゆる「三た」論文の典型であり評価の対象にまったくならない。遮蔽試験はできなくとも、不投与群を対照に置いた比較試験は可能であり、せめてそのような試験がなされていなければ、適切な臨床試験とは言いがたい。
 急性胃腸炎、感冒性の胃腸炎、単純な下痢は、3日もあれば大部分は自然にでも(薬剤なしでも)軽快する。場合によっては2日程度でも軽快する。不投与対照群を置かない下痢用の薬剤の効果判定は、全く信頼できない。



まとめ

 大衆薬として広く使用されている正露丸の有効性と安全性、とくに安全性について重点的に検討した。

(1) 通常用量の4倍量を服用して、麻痺性イレウスと腸壊死、貧血および腎不全のため手術および透析を実施した例(放置されれば死亡した可能性が強い)が報告されている。また、240個を自殺目的で服用後、血中非結合型クレオソート濃度約500μg/mL(以上)で意識消失と溶血をみとめ、透析がなされた例が報告されている。

(2) 正露丸は木タールより製造したクレオソートを主成分とするが、このクレオソートは、フェノール、クレゾール、グアヤコール、クレオソール(メチルグアヤコール)などを主成分とするフェノール系化合物の混合物である。

(3) フェノール化合物は、高濃度では原形質毒であり、神経毒性、血液障害、腎障害などを生じることは確立した事実である。

(4) ラットにおける実質的下痢抑制活性は150mg/kg以上であり、亜急性毒性試験あるいは慢性毒性試験の確実中毒量と同じレベルである。腸管内への分泌亢進抑制活性は、マウスの致死量投与時の血中濃度と同程度の高濃度で初めて認められたものである。

(5) 亜急性毒性試験(ラット、3か月)では体重比でヒト常用量の16〜25倍程度で溶血の関与が疑われる赤血球数減少を認め、慢性毒性試験(ラット、92週)では体重比でヒト常用量の18〜21倍で催腫瘍作用(睾丸間質細胞腫瘍)、腎萎縮、前立腺萎縮を認め、ヒト常用量の47倍では高度のネフローゼを認めた。
 ラットにヒト常用量比(体重比)50〜70倍を3〜7日投与して明瞭な回腸壊死をみとめた。

(6) 実施された亜急性毒性試験および慢性毒性試験は、最大無影響量が決定されていないので毒性試験として不適切である。また溶血を強く疑わせる所見を得ながら、必要な検査が実施されていない。この点からも適切な反復毒性試験が実施されたとは言えない。血中濃度から換算した場合、体重比の最大でも0.116倍を乗じるべきであり、この点からすれば、人での中毒量は、常用量のたかだか2〜4倍以下と推定される。

(7) 臨床試験は対照群を設けないいわゆる「三た」論法の論文のみであり、有効性の根拠とすることはできない。

(8) 以上、正露丸は一般に広く使用されているが、有効性の根拠はなく、腸管内への水分の分泌抑制活性や、腸の蠕動の抑制活性は、毒性の発現用量でのみ活性があり、長期の使用はもちろん、短期に使用することも問題があると考えられ、医薬品としての価値は認められない物質であり、中止すべきと結論付けられた。



参考文献

 1) 医薬品・治療研究会、TIP 12:24-25, 1997
 2) 高橋晄正、薬のひろば、No 77:2, 1985
 3) 海老沢功、日医雑誌 120;1631, 1998
 4) 大幸薬品、正露丸添付文書
 5) 大幸薬品、「食あたり(食中毒)」と下痢. ラッパ情報 2, 1998.04
 6) Ogata N and Baba T, Research Communications Chem. Path. Pharmacol. 66;411, 1989
 7) Ogata N et al. Pharmacology 51: 195, 1995
 8) Arena, J.M. "Poisoning" [Toxicology, Symptoms, Treatment] 3rd ed, Charles C Thomas Publisher, 1974
 9) "Martindale" The Extra Pharmacopea 31 th ed p1140, 1996
10) 大幸薬品, 社内情報 (1998)
11) Ataka, K. Ogata, N et al. Research Communications Chem. Path. Pharmacol. 66; 411, 1989
12) Miyazato T et al. 応用薬理 (Pharmacometrics) 21: 899, 1981
13) Ogata, N et al. Research Communications Chem. Path. Pharmacol. 77; 359, 1989
14) Ogata, N et al. Pharmacology 46; 173, 1989
15) Miyazato T et al. 応用薬理 (Pharmacometrics) 28: 909, 1984
16) Miyazato T et al. 応用薬理 (Pharmacometrics) 28: 925, 1984
17) 荒木京二郎他, 臨床消化器内科 9: 741-745, 1994
18) Boutwell RK and Bosch DK, Cancer Research 19: 413, 1959
19) 高橋日出彦著: くすりの毒性, 南江堂, 1975, p62
20) 大幸薬品株式全社(社内資料、発行年次、臨床試験実施年次不明)
21) Ogata, N et al. Pharmacology (in press)

  


論文の著作権は医薬品・治療研究会および医薬ビジランスセンターJIPにあります。
論文の無断複写(コピー)は著作権法上での例外を除き、禁じられています。
御利用の場合は、そちらへお問い合わせください。


  

  ホームヘ戻る

宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ