フッ化ナトリウムはゴキブリ退治薬、殺鼠剤:その中毒事例
フッ化ナトリウムは白い粉末で、海外では今も殺鼠剤(ratsbane, rat poison, rodenticides, raticide)、ゴキブリ退治薬(roarch powder)、殺虫剤(insecticides)として使われています。ネズミやゴキブリが好む食品に混合し、ネズミが出没する畑や物置、あるいはゴキブリが出る台所、調理場の片隅に置くと、ネズミやゴキブリがそれを食べて中毒を起こして死ぬのです。この殺鼠剤、殺虫剤を間違って人の食材として混合使用し、人の中毒事故が起こることがあります。その他、水道水にフッ化物を添加している米国などでは、機械の誤作動で広域のフッ化物中毒事故が起こっています。
内藤裕史先生はご著書『中毒百科』の中に、フッ化物による中毒事例を広く集めて解説しています。そこに述べられている最大規模(死者47人)の食中毒事例は英文原著も掲載しておきました。また『中毒百科』の文中には洗口剤「ミラノール」1包で体重10kgの小児が飲むと中毒を起こす」と記載されています。(マニュアルの記載とは大分、違いますね。)これはエール大学薬理学教室で研究し、筑波大学医学部教授をされ、「中毒110番」で有名な「つくば中毒研究所」の所長をされた先生の学問の集大成とも言える一般向け大著の一部です。(小生は読んでみて、中毒関係の本で、最も新しく信頼性が高く、社会的貢献が大きい本だと思いました。他に最近の先生のご著書には『健康食品 中毒百科』があります。中毒とは関係がない普遍的なことですが、小さな利益には群がらず、自分がやっている学問で社会の多くの人々に役立とうとする崇高な精神を持った学者の姿をこれらのご著書に感じました。)
一応、オレゴン州で起こった規模の大きいフッ化ナトリウムによる集団中毒事故の内容を英文原著から抄訳して紹介します。 宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ
報告が1943年のことで、実際に事故が何年何月何日に起きたのかは書いてありません。「The recent accidental ingestion of」と冒頭にあるので、42年末か43年の始めでしょう。(私注:第二次世界大戦が激しく戦われている時期で、何十万人という若者が欧州や極東・東南アジヤなどの世界各地で戦病死していた時期だったので、それほど大きなニュースとして扱われなかったのではないかと思われます。)
米国オレゴン州の州都セーレム(salum)市の州立病院で、スクランブル・エッグを食べたあと、236人が中毒を起こし、うち47人が死亡した。始めの22時間は何によって中毒が起こったかが分からなかった。
数人の犠牲者の胃の内容物の猛毒物質がフッ化ナトリウムであることが分かり、その後の調査で、ゴキブリ退治薬(roarch powder)のフッ化ナトリウムを粉ミルクと間違え、その17ポンド(=7.7kg)を10ガロン(=38リットル)の卵に混ぜてスクランブルエッグを作り、夕食に出したことが分かった。幸運にも病院全体には配膳されず、5つの病棟にだけ配膳された。
{臨床症状」 多くの患者は料理がしょっぱく、石けんのような(soapy: 味あるいは泡立ち?)感じがしたので食べなかった。(守山市で平成19年2月28日、フッ化ナトリウムの濃度を間違えて調整し、一部の児童が洗口液の味に違和感を感じて、学校が事業を中止したことがありました。危うく中毒事故が発生するところでした。これと似ています。市の担当部署は「"すこやか"生活課」という名前です。)入院患者たちは食べた直後に「胸焼けと叩かれるような腹痛が起こった」という訴えがあり、非常に強い嘔気と血性の嘔吐、下痢が多くの例で、同時に起こった。多くの場合、患者は虚脱状態に陥り、2〜4時間で、脈や呼吸が弱くなり、死亡した。数例で、部分的あるいは全身的に蕁麻疹が見られた。死亡は18〜20時間までに起こり、その時間を過ぎると回復がみられ、それらの患者では嚥下筋の麻痺、手足の筋肉のケイレンが起きた。救急措置や対症療法が行われた。茶さじ1杯の塩と炭酸水素ナトリウム(=重曹)をコップ1杯に溶かし胃洗浄のために与えた。6人の死亡例で病理解剖、内3例は詳細な解剖が行われた。上部消化管の粘膜の浮腫と充血が著明で、肝臓と腎臓が腫大し、肺の角の部分は風船のようにふくれ、小さな出血が見られ、心臓は右心系の拡張が見られ、脳にはわずかな浮腫、充血が見られた。
「中毒学的検査」 調理された卵料理は3.2〜13%のフッ化ナトリウムを含んでいた。一人の患者は食後15分で死亡し、17.2gのフッ化ナトリウムが胃の内容物に存在した。1時間で死亡した患者は3.7gを含み、4時間で死亡した患者では胃は空であったが、肝臓全体には0.85gと、腎臓に0.18gのフッ化ナトリウムが含まれていた。18時間後に死亡した患者の胃の内容物には0.18gのフッ化ナトリウムが含まれていた。問題のゴキブリ退治薬は90%のsodium fluorideを含んでいた。Baldwinはヒト致死量が5〜10gとしている。Thieneは4gで死をもたらすという。多くのフッ化ナトリウムによる中毒は炭酸水素ナトリウム(=重曹、ふくらし粉)か小麦粉、硫酸マグネシウムの鉱泉塩(?)の代わりに食品に混ぜることによって起こる。ピッツバーグでは1940年11月11日に、ふくらし粉に間違えてパンケーキに入れられ、救世軍センターで40人が中毒になり、12人が死亡した。1/2ポンド(=227g)のフッ化ナトリウムを服用して自殺・死亡したケースが報告されている。(以下、いくつかのフッ化ナトリウムによる中毒の報告をあげている。)
「コメント」 医師、看護師らスタッフはこのような多数の患者への対応に大変な負担に遭遇した。もう一つの困難は原因となる毒物が何であるか不明だったことで、適切な解毒剤を使うことができなかった。
各例における症状の重さと軽さが違うことの理由を推定することには興味がある。まずフッ化ナトリウムが不均等に混合されていたことが、症状の軽重に差異をもたらしたことは明白である。高齢者では一般的な身体的反応が弱いため、若い人より毒物の作用に耐えられたことが明らかである。食べる量は患者によって違いがあるが、痴呆の患者は食事をえり好みせず食べるため、より重症になったことも明らかである。またすぐに大量に吐いた人はあまり重症にならなかった。ゴキブリ退治薬はいろいろな施設で一般的に使われているものの、今回の著者らの経験では、フッ化ナトリウムの毒性は一般的に理解されているより強力なものであった。他のよく知られている毒物と同様の危険表示が箱や容器や流通上、なされるべきである。容器に毒物表示がなく、製造会社が粉末に色をつけていないことが、危険な物質であることを分かりにくくしている。より間違えにくくするべきである。(Lidbeck W.L. et al. Acute sodium fluoride poisoning. JAMA 1943;16,777-81.)