WHO(世界保健機関)
テクニカル・レポート・シリーズ 846
「フッ化物と口腔保健」

日本語翻訳版の誤訳問題


詳細なワード文書公開

 1994年、WHO(世界保健機関)はテクニカル・レポート・シリーズ846「フッ化物と口腔保健」(英名:WHO Technical Report Series 846 "FLUORIDE AND ORAL HEALTH")を発表しました。
 
 このテクニカルレポートは、環境中のフッ化物、フッ化物の代謝と排泄、歯と骨に含まれるフッ化物、飲料水中のフッ化物、フッ化物の多重曝露など、フッ化物が人間の健康に及ぼす影響、特にむし歯予防に果たす役割などを広範囲に取り上げてWHOの見解をまとめたものです。水道水のフッ素化(水道水へのフッ化物添加)、フッ化物洗口、フッ化物配合歯磨き剤についても取り上げられ、むし歯予防のためのフッ化物応用を推進する一つの拠り所とされてきました。
 
 1995年、このテクニカルレポートは現在(2003年)厚生科学研究「フッ化物応用の総合的研究」班の班長(主任研究者)である高江洲義矩東京歯科大学名誉教授(監修当時、教授)の日本語訳監修のもと、眞木吉信東京歯科大学教授(当時、助教授)らが日本語に翻訳し、「フッ化物と口腔保健 − WHOのフッ化物応用と口腔保健に関する新しい見解 − 」(発行:一世出版株式会社)として出版されました。
 
 現在、一部の保育園、幼稚園、小学校などでむし歯予防のために「フッ化物洗口」が行われていますが、このフッ化物洗口に関して、この日本語翻訳が、英文の原典レポートで「6歳未満の子どもを対象としたフッ化物洗口は禁忌である。( Fluoride mouth-rinsing is contraindicated in children under 6 years of age.)」とされているにも拘わらず、「フッ化物洗口は6歳未満の子供には処方されない」、「フッ化物洗口は6歳未満の子供たちには用いるべきではない」などと訳していることが問題とされてきました。
 
 この「禁忌」( contraindicated )とは医学用語で「してはならない事として禁止されている」という意味で、強い規制を意味します。医学の世界では常識的に「 contraindicated =禁忌」と理解されています。
 
 医療は人間の生命、健康に直接的に影響を及ぼすため、医学的な内容を含む出版物の翻訳に当たっては、慎重に取り扱わなければならないことは当然の事で、例えば英語から日本語に訳されたものを、もう一度英語に訳し直した時に、基本的に元の英文の内容と同じ内容のものが出来なければなりません。多少、翻訳に伴う読みづらさがあったとしても、翻訳が正確に行われることが最も優先されるべきと思います。そのような観点から上記の日本語訳を考えると、不適切かつ不可解な訳だと言わざるを得ないと考えられます。
 
 では、なぜ歯科医学の専門家である監修者らがこのような不適切な訳をしたかを考えてみますと、現在、わが国ではフッ化物洗口が4歳から行われているという事情があると考えられます。フッ化物洗口などのフッ化物応用について「WHOも推奨している」という事実は、国民にフッ化物応用を普及させる推進活動において重要な意味を持ちました。そのWHOのレポートで「フッ化物洗口=6歳未満は禁忌」とされている部分はわが国で行われている「4歳からのフッ化物洗口」に都合が悪い内容で、どうしても「禁忌」という確定的な用語を使いたくなかったのでは、と推測されるのです。
 
 なぜそのように推測されるかというと、英文の原典で「禁忌」を意味する "contraindicated"、"contraindication" の用語は少なくとも3カ所で使われ、その内2カ所は前記のフッ化物洗口に関わる部分の不適切な訳ですが、もう1カ所はフッ化物バーニッシュ(fluoride varnishes)に関わる部分で、ここはしっかり「禁忌」と訳されているからです。


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 さて、このテクニカルレポートの日本語翻訳を読みますと、疑問に感じざるを得ない翻訳箇所が散見されました。この翻訳は1995年に第1版が発行され、1998年には第2刷が発行されています。この翻訳をお持ちの多くの方々のために問題点を指摘し、テクニカルレポートの正しいと考えられる和訳を示しておきたいと思います。
 
 ちなみに、日本語翻訳本の「序にかえて」においては下記の通り記されております。

序にかえて
 
──本書を翻訳するに当たっての用語について──
 
 本書は、WHO専門委員会による報告書の形式をとっていて、簡潔な文体と専門的用語で解説されている。わが国では,この種の専門書が少ないために訳出に当たって,原文に忠実で正確を期すようにしたことと,一般読者にもわかりやすいようにと,文脈に必要な用語を挿入して文の前後関係が理解しやすいように配慮した。(注:当方で太字化)

 

 下記の【1】〜【9】は、英文の原典と照らし合わせることなく、日本語翻訳本を読んだだけでも疑問を感ずる箇所です。順を追って取り上げたいと思います。

【1】(「第1章 序論」より)
 
 通常,フッ化物応用を実施する方策としては,フッ化物レベルの低い地域で行うことが齲蝕予防の観点からも,専門家側によるフッ化物応用としても,とくに高濃度のフッ化物ゲルを用いるにしても最も優先されるものである。
 
 率直に言えば、意味不明と言わざるを得ません。対応する原典中の英文は下記の文章になります。
 
( "1. Introduction" より)
 
 Strategies aimed at regular, low-level exposure to fluoride in the community are superior, in terms of caries prevention, to professional applications, notably to high-concentration fluoride gels.
 
日本語訳としては──
 
 「コミュニティにおける低レベルのフッ化物曝露の様な通常の計画は、齲蝕予防の点で、専門家による応用法、特に高濃度のフッ化物ゲルよりも優れている。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【2】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.1 地殻 lithosphere のフッ化物」より)
 
 フッ化物は,世界中いたるところに豊富にあることは明かであるが,しかしながらそのフッ化物の殆どが,鉱物質や他の化合物と強い結合状態にあることを思い起こしてもらいたい。なぜなら,その通常な形態では生物学的には利用されないからである。土壌中で自由な状態にあるフッ化物イオン free fluoride ions の有用性については,フッ化物の一般的な溶解性に支配されているのか疑問であり,土壌の酸性度,他の鉱物質または化合物の存在,適当量の水の存在などにも影響を受けるものと考えられる。
 
 フッ化物(F)が「生物学的には利用されない」から「他の化合物と強い結合状態にある」というのは、理解に苦しみます。原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.1 Fluorides in the lithosphere" より)
 
 There is an obvious abundance of fluoride in the world, but it should be remembered that most of it is firmly bound to minerals and other chemical compounds and is therefore not biologically available in its usual form. The availability of free fluoride ions in the soil is governed by the natural solubility of the fluoride compound in question, the acidity of the soil, the presence of other minerals or chemical compounds, and the amount of water present.
 
日本語訳としては──
 
 「フッ化物(F)は、世界中に豊富にあることは明らかであるが、しかし、そのフッ化物の殆どが、鉱物質や他の化合物と強い結合状態にあり、ゆえに、その通常の形態では生物学的に利用されないということを忘れないで欲しい。遊離したフッ化物イオンの利用能(利用度) availability は、当のフッ素化合物が持つ固有の溶解度と、土壌の酸性度、他の鉱物や化合物の存在、水分量によって決まる。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?前の文は、因果関係が逆になっています。後ろの文では、"in question" が「疑問であり」と訳されていますが、これは「問題の、当の、当該の」という意味です。
 
【3】(「第4章 歯と骨のフッ化物」の「4.4 フッ化物と腰部骨折」より)
 
 齲蝕予防のための適性レベルでの飲料水フッ化物添加による長期間曝露に関しての最近のいくつかの免疫学的研究は,フッ化物が骨盤皮質 cortical bone plates の脆弱性を増加させるにことによって(ママ),老人における腰部骨折の発現を起こさせる原因となっているという意味の結論に達している。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "4. Fluoride in teeth and bone" の "4.4 Fluoride and hip fractures" より)
 
 Several recent epidemiological studies of long-term exposure to fluoride in drinking-water at optimal levels for caries prevention have reached conclusions implicating fluoride as the causative factor in the increasing incidence of hip fractures in the elderly, owing to increased brittleness of the cortical bone plates.
 
日本語訳としては──
 
 「齲蝕予防のために最適なレベルに調整された飲料水中のフッ化物に長期間曝露される事に関する最近のいくつかの疫学的研究は、フッ化物が皮質骨層部 cortical bone plates の脆弱性を増加させる事によって、老人における腰部骨折の発生増加の原因として働く因子となっている事を含意する結論に達した。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?「免疫学的研究」と「疫学的研究」は一文字違いですが意味する内容は異なり、"epidemiological" を "immunological" と間違えています。
 
【4】(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」の「11.1 歯磨剤のフッ化物濃度」より)
 
 副作用のない最大の効果を得るための最小濃度の試薬を使用するという薬理学的な原則に従えば,歯磨剤のフッ化物濃度はこれまでの"dose response relationship"に関する研究から,最大 2500ppm までと理解されている。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "11. Fluoridated toothpastes" の "11.1 Fluoride concentrations in toothpastes" より)
 
 In order to comply with the pharmacological principle of using the lowest concentration of an agent to provide maximum benefit without negative side-effects, studies have been undertaken to investigate the dose-response relationship for different fluoride levels in toothpastes up to 2500 ppm.
 
日本語訳としては──
 
 「有害な副作用を起こさずに最大の効果を得るための最低濃度を使用するという薬理学の原則に従うために、最高で 2500ppm までの異なるフッ化物レベルの歯磨剤を用いて用量反応関係(dose-response relationship)を調べる研究が行われた。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?「最高で 2500ppm までの‥‥研究が行われた」ということで、日本語翻訳本の内容では、副作用を伴わない最大の効果を挙げるフッ化物濃度が「最大 2500ppm までと理解されている」と読めますが、医学的な内容に関する重大な誤訳と考えられ、Dean による歯のフッ素症の分類基準に例えるならば、severe(重度)な誤訳と考えられます。
 
【5】(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」の「11.7 結論」より)
 
 2. 子供たちの使用する市販歯磨剤のフッ化物濃度の低下に関するさらなる研究が望まれる。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "11. Fluoridated toothpastes" の "11.7 Conclusions" より)
 
 2. Full studies should be made of toothpastes with lower levels of fluoride that are manufactured especially for use by children.
 
日本語訳としては──
 
 「2. 子供の使用のために特別に製造されている、より低いフッ化物濃度の歯磨剤については、十分な研究がなされるべきである。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【6】(「第12章 フッ化物の局所応用」の「12.1 フッ化物ゲルと溶液の専門的な応用」より)
 
 ●局所的ゲル応用のガイドライン
 
 7. 注意事項を説明していない患者は決して帰さない。
 
 局所的フッ化物ゲルは高濃度のフッ化物を応用することから、ゲル飲み込みによる急性中毒事故の可能性があり、ゆえにこの部分では、その注意事項を列記しています。しかし「注意事項を説明していない患者は決して帰さない」とは、ずいぶん強権的な注意事項と言え、疑問を持ちました。原典中の英文は下記の通りです。
 
( "12. Topical use of fluoride" の "12.1 Professionally applied topical fluoride gels and solutions" より)
 
 7. Never leave the patient unattended.
 
日本語訳としては──
 
 「決して患者をほったらかしにしてはならない。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?ゲル応用中に、患者から離れて長電話をしたり、お茶を飲んだりしていてはダメだということで、常に側にいて注意していなければならないということです。
 
【7】(「第12章 フッ化物の局所応用」の「12.5 フッ化物洗口」より)
 
 さらに成人が増加し残存歯数が増えた場合,歯冠部および歯根面の齲蝕の増加のリスクはさらに高くなる。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "12. Topical use of fluoride" の "12.5 Fluoride mouth-rinsing" より)
 
 As more adults retain more teeth there is a greater risk of increasing coronal and root decay rates.
 
日本語訳としては──
 
 「より多くの残存歯を持つ大人が増えるほど、歯冠部および歯根面の齲蝕有病率増加のリスクは高くなる。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【8】(「第13章 フッ化物の多重暴露」より)
 
 フッ化物配合歯磨剤を使用しているう蝕感受性の高い患者へ,歯科医師がフッ化物ゲルを応用する時のような,幾つかの多重暴露はコントロールされなければならない。しかし,たとえば食品や飲料水のフッ化物のような場合にはその必要はない。
 
 フッ化物の過剰摂取によって歯のフッ素症や骨のフッ素症など、健康に深刻な影響を与える場合があります。通常、我々は飲食物からフッ化物を摂取したり、フッ素配合歯磨剤の飲み込みによる摂取など、いくつもの経路からフッ化物にさらされます。簡単に言えば、これを多重曝露と言いますが、飲食物であろうと何であろうと、過剰にさらされる場合には、それを絶つなどのコントロールが必要です。つまり、食品や飲料水のフッ化物によって過剰にフッ化物を摂取している場合には、食品を代えたり飲料水を代えたりするなどのコントロールをして過剰にならないようにしなければならないのです。原典中の英文は下記の通りです。
 
( "13. Multiple fluoride exposure" より)
 
 Some multiple exposure is controlled, as when a dentist applies fluoride gel to a caries-susceptible patient who is using a fluoridated toothpaste, but some exposure, for example to fluoride in food and drinks, is not.
 
日本語訳としては──
 
 「歯科医師がフッ化物ゲルをフッ化物配合歯磨剤を使用している齲蝕感受性の高い患者へ応用する場合のように、多重暴露のコントロールがなされているものもあるが、しかし例えば食物や飲料に含まれるフッ化物への暴露はコントロールされていない。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? WHOが食品や飲料水のフッ化物の多重曝露のような場合には(たとえそれが過剰であっても?)コントロールの必要がないとの見解を示していると、日本語訳の読者に誤った情報提供していることになりますが、これも severe (重度)な誤訳ではないでしょうか?
 
【9】(「第14章 推奨」より)
 
 11. 単一のフッ化物全身投与の方法は,1日または一定期間で1回量として用いるべきである。
 
 この訳は理解不能です。原典中の英文は下記の通りです。
 
( "14. Recommendations" より)
 
 11. Only one systemic fluoride measure should be used at any one time.
 
日本語訳としては──
 
 「フッ化物の全身応用法の実施は1度に1つの方法のみが行われるべきである。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? 直接「歯」に作用させるような局所的フッ化物応用法がありますが、一方で、全身的な応用法、つまり水道水のフッ素化(フッ化物添加)や食塩、ミルクなどへのフッ化物添加、またフッ化物錠剤の内服などがあります。このような全身的応用法を1度に(同時)に行ってはならない、ということです。
 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 下記は原典の英文と照らし合わせて見つかった誤訳箇所の一部です。

【10】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.1 地殻 lithosphere のフッ化物」より)
 
 高山地域の土壌中フッ化物含量は概して高いとされている。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.1 Fluorides in the lithosphere" より)
 
 In high mountain areas, the fluoride content of the soil is usually low.
 
日本語訳としては──
 
 「高山地域の土壌中フッ化物含量は概して低い。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【11】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.1 地殻 lithosphere のフッ化物」より)
 
 岩石類はフッ化物を容易にろ過してしまうので,かなりのフッ化物の濃度変化がみられるものである。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.1 Fluorides in the lithosphere" より)
 
 There are significant variations in the distribution of rocks with readily leaching fluoride.
 
日本語訳としては──
 
 「フッ化物を容易にろ過してしまう岩石の分布はとても変化に富んでいる。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【12】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.4 フッ化物と環境汚染」より)
 
 ある工場群での気中フッ化物含量は,1.4mg/m3 の高いレベルにまで達することが確認され,そして,さらにそれらの工場群の近隣での気中フッ化物含量も,0.2mg/m3 のレベルまで達していたことがわかった。1955年から1965年の間,ドイツ連邦共和国(西ドイツ)の工業都市で採取された大気試料中の90%程がフッ化物を 0.5〜3.8μg/m3 含んでいた。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.4 Fluorides and pollution" より)
 
 The fluoride content in the air in some factories can reach a level as high as 1.4 mg/m3 and in the neighbourhood of such factories a level of 0.2 mg/m3 in air may be attained. Some 90% of the air samples taken in an industrial city in the Federal Republic of Germany in 1955 and 1965 contained fluoride concentrations of 0.5-3.8 μg/m3.
 
日本語訳としては──
 
 「一部の工場群の大気中フッ化物含有量は 1.4 mg/m3 の高いレベルに達することがありうるが、そのような工場群の近隣の大気中のフッ化物含有量は 0.2 mg/m3 に達するかもしれない。ドイツ連邦共和国(西ドイツ)の工業都市で1955年と1965年に採取された大気試料中の90%程にフッ化物は 0.5〜3.8μg/m3 の濃度で含まれていた。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? 翻訳本の前の文は「‥‥達することが確認され」「達していたことがわかった。」とありますが、若干不適切な訳だと思います。翻訳本の「1955年から1965年の間、‥‥採取された大気試料‥‥」も、正確には「1955年から1965年の間」ではなく「1955年と1965年」だと思います。
 
【13】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.5 食物や飲物の中のフッ化物」より)
 
 大規模な水道水フッ化物添加プログラムを実施している国では,フッ化物添加の水道水の水が料理や調理加工にも使われていて,生産された食品を水道水フッ化物無添加の水で加工する段階で,フッ化物含量が高くなっていくことがある。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.5 Fluorides in foods and beverages" より)
 
 In countries with large water-fluoridation programmes, fluoridated water may be used in food processing, raising the fluoride content of the processed food above that of products for which unfluoridated water has been used.
 
日本語訳としては──
 
 「大規模な水道水フッ化物添加プログラムを実施している国々では、フッ化物添加された水道水が食品加工(調理)にも使われるだろうが、そのような水で加工(調理)された食品は、フッ化物無添加水道水で加工(調理)されたものに比べてフッ化物含量を高める。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【14】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.6 海水からの脱塩と家庭用水処理装置」より)
 
 たとえば,湾岸諸国では多くのコミュニティーがボーリングによって水を得て使用しているが,時に高いフッ化物含量がみられる。海水からの脱塩水を用いているところでは,その処理によって殆どのフッ化物が取り除かれてしまうことになる。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.6 Desalination and household water treatment plants" より)
 
 In the Gulf States, for example, many communities used to obtain their water from boreholes, sometimes with a high fluoride content. Now desalinated seawater is used, from which almost all the fluoride is removed during treatment.
 
日本語訳としては──
 
 「例えば、ペルシャ湾岸諸国 the Gulf States では、かつて多くのコミュニティで井戸 boreholes から時に高いフッ化物を含有する水を手に入れていた。しかし現在、海水を脱塩(淡水化)処理した水を使用しており、これはその処理工程で殆ど全てのフッ化物が除去されてしまう。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? "used to obtain ‥‥" は、「昔は‥‥を得ていた」という意味で、初歩的な翻訳ミスと言えるのではないでしょうか?
 
【15】(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.6 海水からの脱塩と家庭用水処理装置」より)
 
 いくつかの家庭用の純水装置は,逆浸透圧作用を利用した装置ということになっているが,この装置の作用では,水のフッ化物が除去されることになる。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "2. Fluorides in the environment" の "2.6 Desalination and household water treatment plants" より)
 
 Concern has been expressed over some water-purification devices for household use which are based on reverse osmosis, because under certain operating conditions they can remove fluoride from the water.
 
日本語訳としては──
 
 「逆浸透圧作用を利用した、いくつかの家庭用の純水装置については懸念が指摘されており、なぜなら、この装置の使用方法によっては、水からフッ化物を除去してしまうからである。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか?
 
【16】(「第7章 飲料水中のフッ化物」の「7.4 飲料水中の適正なフッ化物レベル」より)
 
 (注:飲料水中の適切なフッ化物レベルに関して)したがって,寒い気候の地域でも 1.0mg/l(ppm) の濃度が上限であり,そして,いま香港で使用されたりメキシコ湾にのぞむアメリカの諸州で推奨されている 0.5mg/l(ppm) が適正な下限濃度であると推測される。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "7. Fluoride in drinking-water" の "7.4 Appropriate levels of fluoride in drinking-water" より)
 
 The level of 1.0 mg/l should be seen as an absolute upper limit, even in a cold climate, and 0.5 mg/l, now used in Hong Kong and recommended in the Gulf States, may be an appropriate lower limit.
 
日本語訳としては──
 
 「従って、1.0mg/l は、たとえ寒い気候の地域であっても、絶対的な上限値 absolute upper limit と考えられるべきで、現在香港で使用されたり、ペルシャ湾岸諸国 the Gulf States で推奨されている 0.5mg/l は適切な下限濃度であろうと思われる。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? "abusolute upper limit" では "abusolute"、つまり「絶対の」とあるわけですから、これも訳さなければならないでしょう。"the Gulf States" はこの場合、ペルシャ湾岸諸国のことを言います。
 
【17】(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」の「11.4 歯磨剤の処方」より)
 
 公衆衛生の観点からすれば,臨床において適切な指導があれば歯磨剤の処方こそが唯一の推進策であろう。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "11. Fluoridated toothpastes" の "11.4 Toothpaste formulation" より)
 
 From a public health viewpoint, it is essential that only toothpaste formulations that are adequately supported by properly conducted clinical trials should be promoted.
 
日本語訳としては──
 
 「公衆衛生の観点から、歯磨剤の組成については、厳密に行われた臨床試験によって十分に立証されたもののみが奨励されるべきであるということが極めて重要である。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? 「11.4 Toothpaste formulation 」については、「歯磨剤の組成」と訳す方が誤解を招かず、分かりやすいと思われます。
 
【18】(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」の「11.7 結論」の「3.」より)
 
 6歳未満の子供たちに関するフッ化物配合歯磨剤の使用上の注意は,親の管理の基で,しかも使用量は歯ブラシでも chewing-stick でもほんの少量(長さにして5mm 以下)にすべきだということである。
 
 原典中の英文は下記の通りです。
 
( "11. Fluoridated toothpastes" の "11.7 Conclusions" の "3." より)
 
 Fluoridated toothpaste tubes should carry advice that for children under the age of 6 years brushing should be supervised and only a very small amount (less than 5 mm) should be placed on the brush or the chewing-stick.
 
日本語訳としては──
 
 「フッ化物配合歯磨剤のチューブには、6歳未満の子供たちが用いる場合には、ブラッシングが保護者の監督下で行われるべきであり、そして、歯磨剤はごく少量(5mm未満)のみを歯ブラシ又はチューイング・スティック chewing-stick の上にのせるべきであると、注意書き(アドバイス)を載せるべきである。」
 
 ──となると思いますが、如何でしょうか? "should carry advice" は「注意書きを載せるべき」という意味でしょう。
 
【19】(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」の「11.7 結論」より)
 
 ◆日本語翻訳本に記載無し◆
 
 原典レポートでは「結論」として7項目あるが、日本語翻訳本には6項目しか無い。原典の5項目目が漏れている。
 
 抜け落ちている原典中の英文は下記の通りです。
 
( "11. Fluoridated toothpastes" の "11.7 Conclusions" より)
 
 5. Further research on the effectiveness of fluoridated toothpastes on root-surface caries is required.
 
日本語訳としては──
 
 「フッ化物配合歯磨剤の歯根面齲蝕に対する有効性については、さらなる研究が必要である。」
 
 ──となると思います。
 

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 【20】として「WHOの原典レポートの英文」と「高江洲義矩東京歯科大学教授監修による訳」を並べてみました。どこに誤訳があるか探してみて下さい。
 

【20】
 
◆【WHOの原典レポートの英文】
 
(「2. Fluorides in the environment」の「2.2 Fluorides in water」より)
 
 The highest natural fluoride concentration ever found in water was recorded in Lake Nakuru in the Rift Valley in Kenya, namely 2800 mg/l. The soil at the lake shore contained up to 5600 mg/l, and the dust in the huts of the local inhabitants contained 150 mg/l.

◆【高江洲義矩東京歯科大学教授監修による訳】
 
(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.2 水のフッ化物」より)
 
 かつて発見された水の最も高い天然フッ化物濃度は,ケニヤのリフト渓谷 the Rift Valley にあるナクル湖 Lake Nakuru で記録されたもので,2800mg/l(ppm) であった。その湖岸の土壌中には,5600mg/l(ppm) のフッ化物が含まれていて,しかもその地方の住民の帽子の塵挨中には 150mg/l(ppm) のフッ化物が検出されたという。
 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 上記の誤訳箇所は私たちが英文の原典と照らし合わせて一応確認した箇所の一部です。
 
 さて、むし歯予防にフッ化物の使用を推進している NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議「フッ化物について(一般基礎知識)」というサイトの「フッ化物に関する情報の整理」という項目では、下記のごとく記されています。
 

 11.フッ化物に関する情報の整理
 
 現在、科学技術の進歩により、世界各地から多くの情報が入手できます。しかし、その副作用として、誤情報が蔓延しているのも事実です。
 特に、インターネットは、個人からの情報もあれば、公的機関の情報もあり、それが、同じように情報発信するシステムになっています。
 
      1.その情報は、どの保健機関からのものか。
      2.その情報を発信する機関は、公的で、責任のある保健機関なのか。
 
ということを考慮に入れ、情報を整理することをお勧めします。

 むし歯予防にフッ化物の使用を推進している団体等の多くに共通する問題として、フッ化物応用に慎重、否定的、ないし反対の立場をとる見解に関して、その情報を「誤った情報」などと決めつけたりするという問題があります。
 
 自らと対立する見解を「誤った情報」などと決めつけることは、例えば白内障治療薬が「科学的根拠なし」とされた時にもありましたが、一方的に相手方を封じる一つの手段と化しています。
 
 日本口腔衛生学会・フッ化物応用研究委員会の編集による「フッ化物応用と健康 − う蝕予防と安全性 − 」((財)口腔保健協会発行、1998年)においても、学会の出版物としてはいかがなものかと思わざるを得ないような内容が掲載されています。

3)わが国に見られるフッ素反対運動の特質
 
 わが国の反対運動として,地域社会レベルで実施されるフッ化物洗口事業に際して反対の動きが生じる.すでに解決済みであるにもかかわらず,反対派はフッ素の安全性と有効性への疑問をくり返し,不安を煽る.その手口は既述の通りである.その中で,専門分野で認められず,反対運動に生き甲斐を見い出して活動する“自称フッ素の専門家”が一部マスコミにもてはやされるが,上述のアメリカ合衆国や次項のオセアニアの状況によく似た現象である.
 
 出典:日本口腔衛生学会・フッ化物応用研究委員会「フッ化物応用と健康 − う蝕予防と安全性 − 」,(財)口腔保健協会発行, 1998年.

 

 また口腔衛生学会のフッ化物応用を推進している人達の多くが関わりを持っているNPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議でも次のような内容のものを掲載しています。

〈水道水フッ素濃度適正化に反対するだましのテクニックを見抜こう!〉

〔反対者の巧妙な手口〕
 
 フロリデーションを阻害する反対者の手口について、M.イージリーさんは次のように分析しています。これは1985年の分析ですが、21世紀にもこれらの手口を使い、住民を混乱させることが懸念されます。

1.真っ赤なウソ:
 科学的な根拠は無いにもかかわらず、フッ素は癌、腎臓病、心臓病などを引き起こすと繰り返して主張して、住民を不安と心配の渦の中に引き込みます。
2.特殊な条件による、一面だけの真実:
 正しい量でのむし歯予防効果という有益性を伝えないで、過量での有害性のみを誇張して宣伝します。
3.特殊な条件:
 「100%の安全性の立証までフッ素の使用を控えるべきである」という無理な要求をします。(科学的には「絶対」の安全性証明など不可能なのです。)何千という科学的な研究で、随時にフロリデーションの安全性は確かめられています。
4.こわい言葉:
 「汚染物質」「毒」「遺伝毒性」「癌」などの言葉を頻繁に使い、住民の恐怖心をあおります。
5.見せかけの論争:
 科学的論争がまだあるかのように見せかけて、住民に「賛否両論」があるかのような印象を与えます。


〔フッ素反対キャンペーンに対して必ず反撃していくことが必要である〕
 
-by R.J.Lowry-
 
        1.感情的な訴えか否か冷静に見分ける。
        2.飛躍した論理でないか吟味する。
        3.ホントかウソか専門家に問い合わせる。
        4.批判的なやり口に飲み込まれないようにする。
 
 出典:NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議サイト.

 上記の例のごとく、フッ化物に疑問を提起する者を「不安を煽る」「専門分野で認められず,反対運動に生き甲斐を見い出して活動」「だましのテクニック」などと決めつけて、フッ化物応用に疑問を差し挟む者は間違っていて、賛成する者のみが正しいというような、感情的な誹謗・中傷があります。このような内容は、科学に立脚しない、科学の発展のための健全な相互批判をも阻害することになると考えられます。
 
 フッ化物応用を推進している団体等は、フッ化物応用はWHO(世界保健機関)も推奨していると、その権威を持ち出してその普及・推進活動をしていますが、その推進活動を主導する監修者らが結果的にWHOのテクニカルレポートの誤訳によって、それこそ「誤った情報」を流布している部分があるわけですから、考えていただかなければならないと思われます。
 
 監修者らが主導してきたフッ化物使用の推進活動において、これまでフッ化物使用に慎重、否定的、ないし反対の見解を持つ人々に対して行ってきた「決めつけ」、あるいは謂われ無き誹謗・中傷などについて、顧みるよすがとしていただだきたいと思います。


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 WHOのテクニカル・レポート・シリーズ846(WHO Technical Report Series 846 "FLUORIDE AND ORAL HEALTH")およびその日本語翻訳本、「フッ化物と口腔保健 − WHOのフッ化物応用と口腔保健に関する新しい見解 −」(発行:一世出版株式会社, 1995年)からは、著作権法に許された範囲内で引用させていただきました。
 当サイトにおいて、誤訳と指摘した部分に対応する正しい和訳として掲載されているものについては、薬害オンブズパースン・タイアップ仙台、日本フッ素研究会、および若干名の協力者に著作権があります。


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誤訳問題を取り上げた詳細な資料について
 
 当サイトで取り上げた誤訳問題の詳細な資料をまとめました。この誤訳問題を指摘する経緯等について、当サイトをご一読いただいた上で下記をお読みになるようお願いいたします。
 
ワード文書


 このサイトに関するご意見、ご感想、また間違いの指摘、あるいはご要望などございましたら、メールにてお送り頂ければ幸いです。
 

加藤純二/宮千代加藤内科医院






日本語誤訳問題雑感

 WHOのテクニカルレポート846の日本語翻訳が出版されて以来、「フッ化物洗口は6歳未満に禁忌」という部分が意図的に誤訳されていることが指摘されて来ました。しかし、この翻訳本は全体的に詳細な検証がなされることが無く、今回初めて一部を除き、詳細な検証がなされたと思われます。今回の検証作業に関わる中で気付いた点などを述べたいと思います。

 問題にする価値
 
 虫歯予防にフッ化物を応用することはWHO(世界保健機関)も推奨している、ということは全世界的にその普及推進の大きな拠り所となってきました。このテクニカルレポートは、WHOの専門委員会(WHO Expert Committee on Oral Health Status and Fluoride Use)がフッ化物応用に関する見解をまとめたもので、1994年に発表されましたが、2003年現在、入手しうるものとしては最新のもので、そのような点でいまだに影響力の大きい出版物であると考えられ、見過ごすことが出来ない問題と考えられます。

 一般論としての翻訳
 
 一般に科学系の翻訳にはその訳出に伴う読みづらさが多少はあるものですが、それでも、正確に訳されていれば問題にはなりません。文芸書の翻訳とはその点で異なると思います。前にも書きましたが、医療は人間の生命、健康に直接的に影響を及ぼすため、医学的な内容を含む出版物の翻訳に当たっては、慎重に取り扱わなければならないことは当然の事と言えます。多少、翻訳に伴う読みづらさがあったとしても、翻訳が正確に行われることが最も優先されるべきことです。読みづらく翻訳も正確で無いとなると問題です。

 ずさんな翻訳
 
 では、このテクニカルレポートの日本語翻訳の場合はどうかというと、検証作業を始めると、想像もしなかった程多くの誤訳が見つかりました。
 この誤訳問題には医師、歯科医師、薬剤師ほかが関わり、中には翻訳経験を有する人もいましたが、残念ながら、誰1人としてこのテクニカルレポートの翻訳が許容レベル内のものであると見なす人はいませんでした。むしろ、専門家による翻訳としてこのようなものは見たことが無いという意見が多くありました。
 
 このテクニカルレポートの翻訳の誤訳上の特徴を幾つか取り上げます。
 

 ●誤訳箇所が多過ぎる
 
 一般的に、著作物には誤植などの過ちは探せばあるものです。翻訳にも誤訳は程度の差こそあれ、見つかることは多いと思います。しかし、限度というものがあります。この翻訳には誤訳、しかも露骨なものが多すぎると思います。
 
 ●初歩的なミス
 
 中学生(甘く見て高校生)レベルの英語のミスもあります。
 
 ●意図的と考えられる恣意的翻訳
 
 フッ化物応用に都合良く、意図的、恣意的な翻訳が行われていると考えられる訳が幾つかあります。
 
 ●微妙な誤訳
 
 誤訳として取り上げるべきか微妙な翻訳もかなりあります。取り上げずにおいた箇所も多く、指摘した箇所のみが問題である訳では無い事をお断りしておきたいと思います。


 ●初歩的なミスの例

【原典】
 
(「2. Fluorides in the environment」の「2.6 Desalination and household water treatment plants」より)
 
 In the Gulf States, for example, many communities used to obtain their water from boreholes, sometimes with a high fluoride content. Now desalinated seawater is used, from which almost all the fluoride is removed during treatment.

【高江洲教授監修訳】
 
(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.6 海水からの脱塩と家庭用水処理装置」より)
 
 たとえば,湾岸諸国では多くのコミュニティーがボーリングによって水を得て使用しているが,時に高いフッ化物含量がみられる。海水からの脱塩水を用いているところでは,その処理によって殆どのフッ化物が取り除かれてしまうことになる。

【正しいと考えられる和訳】
 
 例えば、ペルシャ湾岸諸国 the Gulf States では、かつて多くのコミュニティで井戸 boreholes から時に高いフッ化物を含有する水を手に入れていた。しかし現在、海水を脱塩(淡水化)処理した水を使用しており、これはその処理工程で殆ど全てのフッ化物が除去されてしまう。

【原典】(「6. Caries prevention and dental fluorosis」より)
 
 In the past 30 years our understanding of the method of action of fluoride in the prevention of dental caries has changed; it is now accepted that it is mainly post-eruptive.

【高江洲教授監修訳】(「第6章 齲蝕予防と歯のフッ素症」より)
 
 30年が経過し,齲蝕予防におけるフッ化物使用方法についての理解は変化してきた。つまりそれは主に歯の萌出後であることが現在受け入れられている。

【正しいと考えられる和訳】
 
 過去30年間で齲蝕予防におけるフッ化物の作用機序についての我々の理解は変化したが、それは主に歯の萌出後にあることが現在受け入れられている。

 ●意図的と考えられる恣意的翻訳例
 

【原典】
 
(「11. Fluoridated toothpastes」より)
 
 There is now increasing evidence that the decline in the prevalence of dental caries recorded in most industrialized countries in the past 20 years can be attributed mainly to the widespread use of toothpastes that contain fluoride.

【高江洲教授監修訳】
 
(「第11章 フッ化物配合歯磨剤」より)
 
 ほとんどの工業先進諸国(日本を除く)において,過去20年間にわたって,齲蝕有病状況の明らかな減少が認められたのは,フッ化物を配合した歯磨剤の広範な普及によるところが最も大きいとされている。

【正しいと考えられる和訳】
 
 過去20年間に大部分の先進工業国において齲蝕有病率の減少が認められていることは、主にフッ化物含有の歯磨き剤の使用が普及したことによるものである、という証拠が増えてきている。

【解説】
 
 「日本を除く」とは原典に書かれてありません。

【原典】
 
(「7. Fluoride in drinking-water」の「7.1 Impact on a population, limitations, and implementation」より)
 
 Water fluoridation should be considered a multiprofessional activity in which dentists, engineers, chemists, nutritionists, physicians and other professionals of the health sector should participate.

【高江洲教授監修訳】
 
(「第7章 飲料水中のフッ化物」の「7.1 住民へのインパクトおよび種々な制約と実施」より)
 
 水道水のフッ化物添加には,歯科医師,エンジニア,化学者,栄養学者,医師,その他の健康に係わる専門家の参加が考慮されるべきである。

【正しいと考えられる和訳】
 
 水道水のフッ化物添加は、歯科医師、エンジニア、化学者、栄養学者、医師、その他の健康に係わる専門家らの参加を得て行われるべき、多分野にまたがる(多分野の専門家を必要とする)活動と認識されるべきである。

【解説】
 
 単に歯科関係者以外にも「専門家の参加が考慮されるべきである」というのは言葉足らずであると思われます。フッ化物応用推進派の人たちは、しばしばフッ化物応用に賛成しない者を「専門家ではない」などと、発言する資格が無いかの如く言う場合がありますが(例えば「薬害オンブズパースン会議意見書に関する解説」2002年)、しっかり「多分野にまたがる活動と認識されるべきである」という部分も訳す必要があると思います。この部分は水道水フッ化物添加が歯科関係者、特にフッ化物応用を推進している人達の専売特許では無いということを明確にしています。


 ●微妙な誤訳の例

【原典】
 
(「2. Fluorides in the environment」の「2.2 Fluorides in water」より)
 
 The general geological formation is not an indicator of the concentration of fluoride in the groundwater.

【高江洲教授監修訳】
 
(「第2章 環境におけるフッ化物」の「2.2 水のフッ化物」より)
 
 地質の構成成分や地層の一般的な情報は,地下水のフッ化物濃度の指標にはなり得ない

【正しいと考えられる和訳】
 
 地質の全般的な成分構成は、地下水のフッ化物濃度の指標にはならない

【解説】
 
 「is not an indicator」は「指標にはならない」で、「指標にはなり得ない」ではありません。誤訳として取り上げるか微妙な訳です。

【原典】
 
(「3. Fluoride metabolism and excretion」の「3.3 Tissue distribution」より)
 
 Of the fluoride absorbed by the young or middle-aged adult each day, approximately 50% will be associated with calcified tissues within 24 hours and the remainder will be excreted in urine.

【高江洲教授監修訳】
 
(「第3章 フッ化物の代謝と排泄」の「3.3 組繊内の分布」より)
 
 若年または中年成人の一日のフッ化物吸収の約50%は24時間以内に石灰化組織でなされ,残りは尿中に排泄されると思われる

【正しいと考えられる和訳】
 
 若年または中年成人によって吸収される1日あたりのフッ化物は、およそ50%が24時間以内に石灰化組織に結合され be associated with calcified tissues 、残りは尿中に排泄される

【解説】
 
 「will be excreted in urine」は「尿中に排泄される」です。尿中に排泄されることが未だ未解明で推測的な印象を与える「尿中に排泄されると思われる」というのは、誤訳としては軽度のものですが、厳密にはこのような翻訳もすべきではありません。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 「訳者」が本当に訳したか?
 
 テクニカルレポートの翻訳には眞木吉信東京歯科大学助教授(現教授)ほか1名が「訳者」として載っています。彼らはフッ化物応用に関する専門家です。現在、大学で教鞭を執る以上、英語の語学力は必須条件と言え、指摘された数多くの誤訳を実際に彼らが犯したかという疑問、言い換えれば、本当に「訳者」の2人が翻訳に当たったのか疑問があります。
 
 まず、英語能力の面で、誤訳と指摘された内容とその数の多さから、とても大学で教鞭をとる人のものとは考えられない、と言えると思います。海外の英文文献を読み、英語で論文を発表することが多い現在、この誤訳問題で指摘されている英語のレベルは教授、助教授レベルの人が犯す過ちではありません。本当に「訳者」として載っている人たちが訳したのか疑問が残ります。
 
 そして、専門家なら犯す筈の無い、専門領域に関わる内容の過ちもあります。
 
 例えば、下記の翻訳をご覧いただくと分かりますが、
 

【高江洲教授監修訳】(「第4章 歯と骨のフッ化物」の「4.1 歯のフッ化物」より)
 
 歯の組織中のフッ化物含量は,歯の形成期に作用する生物学的に有用なフッ化物を反映したものであるといえる。フッ化物はエナメル質全体では,骨のフッ化物レベルとは対照的で,一度形成されると安定した状態にあり,生涯を通して蓄積されていく。

 「フッ化物はエナメル質全体では‥‥生涯を通して蓄積されていく。」と、専門家なら犯す筈の無い間違いがあります。英語の語学上の間違いではありますが、フッ化物応用に関する知識の浅い非専門家がこの翻訳に当たっていたのではないかと窺わせものと言えるのではないでしょうか。

【原典】(「4. Fluoride in teeth and bone」の「4.1 Fluoride in teeth」より)
 
 The fluoride content of tooth tissues reflects the biologically available fluoride at the time of tooth formation; in the bulk of the enamel, once formed, it remains constant, in contrast to the fluoride levels in bone, which continue to accumulate throughout life.

【正しいと考えられる和訳】
 
 歯の組織中のフッ化物含量は、歯の形成期に生物学的に利用できたフッ化物を反映し、エナメル質の大部分は一旦形成されると安定した状態となり、生涯を通じて蓄積し続ける骨中のフッ化物レベルとは対照的である。

 「訳者」として記載はあるものの、実際には第3者に翻訳作業を丸投げして、それをチェックせずに出版してしまったのではないかと考えられるのですが、如何でしょうか。もし「訳者」として記載のある眞木吉信教授(当時、助教授)らが本当に訳していたとするならば、英文の内容をこのように理解していたのかという、もっと重大な問題ともなりますが、真相は不明です。何らかの弁明なり、責任を取る必要があると思われるのですが、いかがなものでしょうか。

 「監修者」は監修したか?
 
 監修とは「書籍の著述や編集を監督すること」であり、監修者はその著作物について最高責任者として内容が学術的に正しいかなどをチェックし、公にそれを保証する役割があると思われます。
 テクニカルレポートの日本語翻訳の監修者は高江洲義矩東京歯科大学教授(現、名誉教授)で、眞木吉信助教授(現、教授)らの翻訳を監修したことになっています。
 しかし、残念ながら、多数の誤訳が見つかったことで、監修者が本当に監修したのか疑問があると言わざるを得ないと思われます。監修者として名前を載せていながら監修していなかったとすれば、単なる著作物の権威づけや実績作りに利用したと批判されても仕方がないと思われます。
 「訳者」の場合と共通しますがもし本当に「監修」していたならば、監修者としての適格性があったのかが問題になります。

 フッ化物応用に関わる他の専門家の責任
 
 このテクニカルレポートはWHOの専門委員会がまとめたものであることから、様々な形で引用されることが多い文献です。ゆえにその日本語翻訳にも多くの専門家が目を通していた筈で、これまで誤訳が問題にされなかったのは非常に不可解なことです。
 これは虫歯予防のためのフッ化物応用を研究してきた口腔衛生学会やそのフッ化物応用委員会において健全な相互批判が不足していたからと言えるのではないでしょうか。フッ化物応用の専門家では無い外部の人間によってしか問題が顕在化しないのは、フッ化物応用に関わる専門家全体の問題でもあると思います。

 

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