歯科保健シンポジウム
「フッ素、正しい情報を見分けよう!」
の正しく無い情報について
昨年末の2003年12月14日、佐賀新聞に下記の記事が掲載されました。「フッ素、正しい情報を見分けよう!」と題した歯科保健シンポジウムの内容などを紹介したものですが、記事の内容に多少気になる点があり、ここで取り上げたいと思います。記事中にアンダーラインを引いた部分や【注】を付した部分がありますが、これは当方で付け足したものです。
■佐賀新聞(2003年12月14日)【企画特集】 健康アクション佐賀21(21世紀における県民健康づくり運動) 佐賀県・佐賀県歯科医師会 「フッ素、正しい情報を見分けよう!」と題したテーマの歯科保健シンポジウムが11月22日、鳥栖市のサンメッセ鳥栖で開かれました。フッ素によるむし歯予防事業を推進している佐賀県が県歯科医師会等後援で開いたもので、フッ素の有効性や安全性について正確な情報を見分ける必要性について、歯科医師ら4人のシンポジストがそれぞれの立場から報告しました。 シンポジウム
|
【注1】について
ここに、WHOのテクニカルレポートに、6歳未満の子供はフッ素洗口しないほうがいいという一文があります。ただしこれは全体の文章のほんの一部を取り上げて言ったものです。水道水フッ素化がアメリカでは65%行われているため、フッ素洗口した場合にその水を全部飲んでしまっては多すぎると言っているのです。日本では、水道水のフッ素化は行われていないので、問題はありません。 |
まず、WHOのテクニカルレポートに「6歳未満の子供はフッ素洗口しないほうがいいという一文があります」についてですが、正確には、テクニカルレポートの第12章「フッ化物の局所応用」の「結論(Conclusions)」で「フッ化物洗口は6歳未満の子供には禁忌である。(Fluoride mouth-rinsing is contraindicated in children under 6 years of age.)」と書かれています。「しないほうがいい」という許容的な表現ではありません。
この「フッ化物洗口は6歳未満に禁忌」について「水道水フッ素化がアメリカでは65%行われているため、フッ素洗口した場合にその水を全部飲んでしまっては多すぎると言っているのです」と解説されていますが、このようなことがWHOのテクニカルレポートの何処に書いてあるのでしょうか?
下記英文の非公式訳上記を読めば分かる通り、洗口後に洗口液を吐き出しますが、少量が口腔内に残留し、飲み込まれてしまい、この量は「未就学の子供において歯のフッ素症の原因にはならないが、毎日摂取されるフッ化物の全体の量によっては歯のフッ素症のリスクに寄与するかもしれない」ので、「フッ化物洗口は6歳未満の子供には推奨されない」とし、「12.6 Conclusions(12.6 結論)」で「フッ化物洗口は6歳未満の子供には禁忌である」としているのです。
学校におけるフッ化物洗口プログラムは齲蝕活動性が中等度から重度である、フッ化物摂取の少ないコミュニティにおいて推奨される。最適な濃度に調整されたフッ素化水道水を持つコミュニティにおいては、学校におけるフッ化物洗口は推奨されない。もしその製剤(洗口剤)が規定された、あるいは通常の量で使用されるならば、急性中毒発現の危険性はほとんど無いか全く無い。正しい洗口を行えば,フッ化物の最小量のみが残留し、飲み込まれる。残留する量は未就学の子供において歯のフッ素症の原因にはならないが、毎日摂取されるフッ化物の全体の量によっては歯のフッ素症のリスクに寄与するかもしれない。ゆえに、フッ化物洗口は6歳未満の子供には推奨されない。
WHO Technical Report Series 846 の「12.5 Fluoride mouth-rinsing」より
School-based fluoride mouth-rinsing programmes are recommended in low-fluoride communities where caries activity is moderate to high. In optimally fluoridated communities, school-based fluoride mouth-rinsing programmes are not recommended. There is little or no danger of acute toxic reactions if the products are used in the prescribed or usual quantities. Following correct rinsing, only a minimum amount of fluoride is retained and swallowed. Though the amount retained would not cause fluorosis in a preschool child, it might contribute to the risk of fluorosis depending upon the total amount of fluoride being ingested daily. Therefore, mouth-rinses are not recommended for children below the age of 6 years.
【注2】について
水道水には消毒のため塩素が入っていますが、これをもし止めて一人一人が湯冷ましにして使うとすると、大変なエネルギーがかかります。だから、公衆衛生の考え方から塩素を入れる。これらの話と水道にフッ素を入れる話、全く同じ考え方です。 |
水道水に消毒のために塩素が添加されていますが、これは公衆衛生の観点から広く認められています。しかし、水道水にフッ素(フッ化物)を添加することが、塩素を添加することと同じかは、議論のあるところです。
平成12年11月、新聞各紙で「厚生省が水道水へのフッ素添加を容認した」と伝えられたことについて、厚生省(現、厚生労働省)水道整備課や、自治労連公営企業評議会は下記の見解や見解(案)を発表しています。
|
水道水への「フッ素添加」問題に対する見解(案) 2000年12月8日 自治労連公営企業評議会 T.はじめに U.「フッ素添加」問題をめぐる動向
推奨する人たちは、一部の学者や医師、議員ですが、その論旨は@0.5〜1ppm前後の水を毎日飲み続けると、虫歯を4〜5割減らせる、A海外の疫学調査で効果や安全性の評価は定着している、B簡便で安全、公平で費用が安い虫歯予防というものです。いくつかの自治体や議会で決議しているところもあります。 これに対し、反対の意見は、@発ガン性などの懸念があり安全性は未確立、A日本の食生活からフツ素の摂取量が多く、重複使用による疫学的調査は行われていない、B子供の虫歯は減少しているなどというものです。反対運動もねばり強く取り組まれ、74年には新潟大学歯学部予防歯科などによる県議会や市長への「水道水添加」の働きかけに対し、食生活改善普及会や市民団体による反対署名運動が展開され、新潟水労も「見解表明」するなど積極的な役割を果たしてきています。81年には「日本フツ素研究会」が設立され、医学・歯学からの探求もされて「疑わしきは使用せず」の声を上げています。今回の「厚生省見解」に対しても、日本主婦連合会などが反対の行動を起こしています。 V.水道の性格と任務 W.「フッ素添加」の問題点
第2に、安全性について問題が解決していないことです。 @斑状歯や骨硬化症、A発ガン性や腎臓病患者への影響、B地域による日常生活におけるフツ素摂取量の差異、C他の化学物質との複合汚染など疑念や危険性、が指摘されています。学者や医師・歯科医師の間でも意見の対立があります。「疑わしきは使用せず」です。 第3に、水道水の公平な供給に反することです。 水道はすべての受水者に一様に供給されます。価値観など多様化の時代に「フツ素添加」を好まない人に添加水道水を強制する権利は何人にもありません。 第4に、経済性と効率性に著しく反することです。 水道水の用途は多様であり、人体に摂取(飲食)する量はわずか1%で、他の用途(洗濯、風呂、水洗トイレ、掃除、洗車など)が大部分です。フツ素添加は人体に摂取されてこそ効果があるわけですから、99%は無駄に流されることになります。公営企業は独立採算性が原則ですから、その分、水道料金に転嫁されることになってしまいます。仮に、東京都では薬品費だけで年間5億円程度(東水労試算)といわれています。 第5に、技術的にも困難であることです。 フッ素添加の効果は0.5ppm以上といわれていますから「0.5〜0.8ppm(水質基準)」を保持し、全地域に24時間安定して送水することは困難です。ある時間ある地域に濃度の高い添加水を送水したら事件です。設備と人員など万全な体制には大きな費用負担となります。 X.「命の水」をまもる国民的合意を |
水道水に塩素を添加することと、フッ素(フッ化物)を添加することが同じと言えるのか、前掲の文書でも分かる通り、異論があります。
【注3】について
2001年に中国で8000人以上を対象とした、フッ素と骨折頻度に関するNlH(米国国立衛生研究所)がサポートした論文があります。フッ素1ppm のところで一番骨折が少なくなっています。フッ素が多くても骨折が増えるし、少なくても骨折は増えます。歯が丈夫になるということは骨が丈夫になるというのも当たり前なんです。海水中のフッ素は 1.3 ppm です。これは6億年前からほとんど変わっていないというデータがあります。その中で魚が骨を作り、歯を作り進化してきたわけです。海の中の 1.3 ppm とニューヨークで水道に含まれる1ppm は偶然の一致でしょうか、こういう質問を皆さんに投げかけてみたいと思います。6億年かけて我々の祖先はずっとフッ素1ppm 前後の中で進化し続けてきたんです。 |
もっともらしい話ですが、やはり「おかしい」と思わざるを得ません。
まず、人類の遠い祖先が海に起源を持つとしても、現在も人類が魚類と共に海水中でエラ呼吸している訳ではありません。我々人類の遠い祖先(人類が進化上起源を持つ原始的な生物)が海水中にいた頃の海水環境中にフッ素が 1.3 ppm あったとしても、現在の我々に同じ環境条件が必要かどうかは科学的に検討が必要でしょう。
「海水中のフッ素は 1.3 ppm で‥‥これは6億年前からほとんど変わっていないというデータがあり‥‥6億年かけて我々の祖先はずっとフッ素1ppm 前後の中で進化し続けてきたんです」と聞くと、海水が何か素晴らしく感じられますが、この海水には塩分が 3.5%前後の濃度で含まれており、人類の遠い祖先が同じ塩分濃度の海水中にいたかは定かではありませんが、この海水をその子孫たる我々が摂取し過ぎると健康を害します。人間の血液中の塩分濃度は 0.9%程です。海水は我々人類にとっては、魚類とは違い、生きる環境としては、もはや適切とは言えません。境先生のこの話を「こじつけ」と言うつもりはありませんが、少々無理があるのではないでしょうか?
フロリデーション(むし歯予防のために水道水のフッ化物濃度を1ppm 程度に調整すること)と海水中のフッ素イオン濃度が同程度であることから、「海の中の 1.3 ppm とニューヨークで水道に含まれる1ppm は偶然の一致でしょうか」とは、フッ化物応用の専門家の発言として首を傾げたくなります。この1ppm の濃度について中国におけるフッ素と骨折頻度に関する論文から「フッ素1ppm のところで一番骨折が少なくなっています」と宣伝するならば、イギリスのヨーク大学のシステマティックレヴュー(A Systematic Review of Public Water Fluoridation, NHS Centre for Reviews and Dissemination, University of York, 2000)で、同じ1ppm のフロリデーションによって歯のフッ素症の発生は48%になると推定され、審美的に問題となる歯のフッ素症も12.5%になると推定されていることも宣伝?すべきでしょう。
【注4】について
この佐賀県杵島郡有明町立有明西小学校のデータはシンポジウム記事に添えて掲載されています。
「有明西小学校では、平成4年からフッ素洗口を実施しています。1人平均むし歯数は、約半分になりました。」とあり、大きな効果があるとの印象を受けますが、下記のデータも併せてご覧下さい。
データ | 有明西小:6年生 (11〜12歳) |
学校保健統計調査:12歳児 (文科省の全国データ) | |
比較データ | 4.19(平成4年) ▼ 2.11(平成14年) |
4.17(平成4年) ▼ 2.28(平成14年) |
4.09(平成5年) ▼ 2.09(平成15年) |
10年後の結果 | 50.4%に減少 | 54.7%に減少 | 51.1%に減少 |
検診時の年齢や検診の時期等が異なる事が推測されるので、有明西小学校の6年生と12歳児の全国データを単純に比較することは出来ませんが、フッ化物洗口を実施してきた有明西小学校の6年生の1人平均むし歯数が10年間で 50.4%に減少したとしても、同じ10年間にフッ化物洗口実施者の割合が非常に低い12歳児の全国データでも 54.7%に減少しているのです。1年後の平成15年の学校保健統計調査(全国データ)によれば12歳児の1人平均むし歯数は、平成5年に比べて(つまり、10年間で)51.1%に減少しています。
有明西小学校の6年生をフッ化物洗口実施前後の10年間で比較して「半減した」といっても、同じ時期にフッ化物洗口実施者の割合が非常に低い12歳児の全国データでも「半減」しているのです。
ここで、この上記のデータから、有明西小の減少率がフッ化物洗口実施者の割合が非常に低い12歳児の全国データとほぼ同じであることから、「フッ化物洗口に効果が無いのでは」と言うつもりはありません。「全国データ」の「減少率」は、「減少率の大きいところ(都道府県)」と「小さいところ」があって、あくまで平均値的な「全国」の減少率ですので、厳密には、有明西小がフッ化物洗口を実施せずに同じように10年間で比較したら、半減せずに、より緩い減少率となって、その分がフッ化物洗口の効果としてデータ上に表れたかも知れないからです。
ここで強調しておきたいのは、掲載されている有明西小のデータから受ける印象、つまり「フッ化物洗口の効果」によって「むし歯が半減する」という過大な期待を持つような、単純な理解をしてはならないということです。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最後に、このシンポジウムでシンポジストとなっている朝日新聞東京本社編集委員の田辺功氏についてですが、彼はフッ化物の使用を推進している催し物に頻繁に登場する言論人です。
彼は「フッ素の反対をするにしても、本当の事というものはあるわけだから、正確な情報を伝えて欲しいものですね。研究者の中には、味方を守るため、文章やデータを都合良く使うという人もいます。正しくないことだと思います。」と述べておられますが、「フッ素の反対をするにしても」という部分はともかく、私たちも「正確な情報を伝える」ことに大賛成で、「研究者の中には、味方を守るため、文章やデータを都合良く使うという人もいます」と言われることについても、私たちも同じように「正しくないこと」だと思います。
これまで、推進派の学者らは、フロリデーション(水道水のフッ素化)については「世界の61カ国」で実施されている「世界の常識」などと宣伝してきましたが、私たちは本当に常識か疑問を提起してきました。また、フッ化物洗口についても、フッ化ナトリウム溶液の誤飲によって発生が懸念される急性中毒に関して、歯科界で支持されているとされる体重あたりのフッ素としての急性中毒量2mg/kg 説に科学的根拠があるのかとか、「試薬」の使用の問題などについて問題提起してきました。さらに、推進派がフッ化物が必須栄養素であると宣伝していることについても必須栄養素と言えるのか疑問を提起し、他に、推進派の学者らによるWHO(世界保健機関)のテクニカルレポートの誤訳問題など 、数々の問題を提起してきました。
新聞というマスメディアに籍を置く言論人として、田辺氏は何が真実であるか、何が正確な情報か、このフッ化物応用の問題について、しっかり取材されたのでしょうか?例えば、フッ素としての体重あたりの急性中毒量は、前世紀1899年のたった1人の体験的報告(しかも体重すら記載がない)に拠って、それを推進派の学者らは科学的根拠などとし、「安全性に問題は無い」としてフッ化物洗口を4歳児の幼児から行うよう推奨しています。このようなことが21世紀に入った今でも許されて良いものでしょうか?死亡や重篤な症状が発生しないことで表面化しにくく、薬害や医療過誤事件として大きな問題とはならないでしょうが、医学の世界にあって、基本的な構造は薬害発生の構造と似ていると思います。推進している学者らはともかく、ジャーナリストとして一緒になってフッ素使用を推進しているのは、いかがなものかと思います。田辺功氏の見解は個人のもので、朝日新聞の会社として見解と同一では無いのかもしれませんが、新聞社の編集委員という肩書きで発言している以上、新聞社としての責任や信用問題にも関わってくると思います。いつも同じマスコミ人によって同じようにフッ化物応用問題が取り上げられるよりも、朝日新聞も時には他の人に取材させてみてはいかがでしょうか?田辺氏とは違う検証取材ができるかもしれません。
宮千代加藤内科医院(仙台市)のホームページ